古谷利裕さんへ(ベーコンに関して)の応答。

18日の記事に対して古谷利裕さんが応答してくださっています。とても面白いので、是非ご一読ください。 http://d.hatena.ne.jp/furuyatoshihiro/20130419 ここで示されている隙間、ブランクに関する古谷さんのお考えは刺激的です。元になった「組立-転回」の…

組立-転回を更新(フランシス・ベーコン展について)

組立-転回の「組立-対話」を更新しました。今回はフランシス・ベーコン展について。 http://kumitate.org/ ベーコンに肯定的な上田和彦さんと、否定的な永瀬による検討的な対話です。よく見られるベーコンについての絶賛或は沈黙・無視といった態度とは多少…

彫刻の経験・アーティストファイル展での利部志穂

国立新美術館のアーティストファイル展で利部志穂の作品を見た。面白くて、しばらく眺め、歩いていた。この作家の作品は2008年のなびす画廊の個展がもの凄く良くて(参考:id:eyck:20080731)、その後、しばらく間を置いた2011年の所沢ビエンナーレの作品は…

呼び、応える/「世界の重さ、最初の手」上田尚嗣、境澤邦泰展

呼応すること。呼び、応えること。それはけして積極的な行為としてだけあるのではない。呼ぶまいとすること、相手に自分を波及させまいとする行為が相手に「呼びかけてしまう」。そして、そのような呼びかけに対して、まるで呼びかけなど無いように振舞う、…

世界の重さ、最初の手(高木秀典・坂光敏)展に関する連続ツイート

現在なびす画廊で開催中の高木秀典・坂光敏展についてツイートしたところ、まとまった量になったのでブログにまとめておきます。月曜には企画者の松浦寿夫氏、ゲストに林道郎氏を迎えたトークもあり、そこで聞いたお話もこのツイートには反映していると思い…

追記

上田和彦さんが応答されています。 http://d.hatena.ne.jp/uedakazuhiko/20130301/p1

組立-転回を更新(追補:グレコにおけるポストモダンとキャラ)

上田和彦さんと進めている組立-転回の「対話」を更新しました。 http://kumitate.org/ 今回は東京都美術館で開催中の「エル・グレコ」展について話しています。前半が「超越と近代の螺旋階段(あと漫画)」、後半が「異なる場を来たらしめる通路」となってい…

ミックスジャムは見た24 参加中

下記の展覧会に参加しています。新作4点を展示中。 ■Mixjamは見た24 2013年2月11日(月)〜2月17日(日)(12日(火)は休館。) 9:00-17:00 (11日は12:00開場。入館は16:30まで。最終日は15:00まで) 古河街角美術館 アクセス:JR宇都宮線「古河」駅(JR…

田代一倫写真展「はまゆりの頃に 2012年 秋」

田代一倫写真展「はまゆりの頃に 2012年 秋」(photographers’gallery, KULA PHOTO GALLERY)で見ることのできた、路上や室内で、ひとりの人物がフレームのだいたい中心に、全身が入るように立っていたり座っていたりするプリントの十数枚、また多数のインク…

類似と非類似のインフレーション/「空似」展

子供がいて、その両親と、両親の友人達がいる光景を想定せよ。友人の一人が、子供の顔が母親に似ている、という時、その子供の顔には母親の顔が重ねられている。そこへ別の友人が「いや、目もとは父親に似ているかも」といえば、母が重ねられた子の顔の目も…

キャンバスと違う所にある絵画/有原友一展

拝啓 ○○さま こんにちは。お住まいの街はやはり寒いのでしょうか。今日、埼玉は雪になっています。この冬になって初めての積雪です。うちの五歳になる長男は昨日から雪になると断言し楽しみにしていたのですが、大人は意地悪にもどうせ雨にしかならないし、…

神奈川県立近代美術館・葉山館における桑山忠明展「HAYAMA」

美術館の5つの部屋にあわせて、各作品を設置している。受付で渡される作品表には、それぞれの展示室の大きさと制作年、作品素材、作品点数、所有者が記されている。またそこに示されている「お願い」を読むよう指示される。 「お願い」 ・作品にはお手を触れ…

追記

まったく関係がないけど、上田和彦さんとの「組立-転回」の対話を更新しています。 http://kumitate.org/ 今回は三菱一号美術館でのシャルダン展について。このシャルダン展は、とても良い展覧会でしたので、会期が迫ってますが是非。対話中でも語られていま…

アメリカの「自然」(セザンヌが消した):メトロポリタン美術館展

東京都美術館で年末に「メトロポリタン美術館」展を見てきた。僕が改めて認識したのが、「自然」こそアメリカにとって重要なアイディンティティだったのだな、ということだ。広大な大地、空、荒々しい気候、野生動物、森林、海洋、湖沼といったモチーフは「…

組立-転回を始めました。

既に上田和彦さんがブログにエントリされていますが、上田さんと次回の「組立」を始めています。 ■組立-転回 http://kumitate.org/ 「組立」は2008年から始めた自主企画の展示で、あわせてフリーペーパーを作ったり本を作ったりしてきました。それを今回、少…

否という声、その発声の方法を練習する(もう一度)

先のエントリで、埼玉県立近代美術館で行われた「日本の70年代」展について、僕はこう書いている。 美術も漫画・商業デザインなども含めて、総じて既存の権威に対する「反」という意識、つまりメインあるいはサブカルチャー、という分別ではなく、ひっくるめ…

30年前を素材にする・日本の70年代 展

埼玉県立近代美術館で「日本の70年代」展が行われている。同館が設立されたのが1982年ということで、パリ5月革命など世界的な「政治の季節」であった1968年から美術館開館までの日本を、漫画や商業デザイン、そして部分的に美術も含め回顧するという内容だ…

映画「アトモスフィア」

映画「アトモスフィア」について。映画の結末についてのネタバレを冒頭にしていますので、未見の方はご注意ください(結末を知っているのと知らないのとでは途中の見え方が異なると思います。僕としては未見の方は読まないほうがいいんじゃないかと思います…

更に追記

上に追記した大山さんのツイートに対し、永瀬から再応答をさせていただきました。理解不足を謝した上で、なお主観的にはドローイングとブロック作品が優れて見え、キャンバス作品に比較的「摩擦」が十分でなく「調停」を感じた旨お伝えしたのですが、以下の…

追記

大山エンリコイサムさんからtwitter上にて以下の応答がありました。僕の理解の足りない点を指摘した上で御自身の意図を解説していらっしゃいます。ご一読ください。 さて永瀬恭一 @nagasek さんのブログを読みました。まずは丁寧な記述と分析力に感謝します…

「Physical Kinetics」における大山エンリコイサム

Takuro Someya Contemporary Artでの二人展「フィジカルの速度 / Physical Kinetics」で見た大山エンリコイサムの作品について。大山のメカニカルペンシルで描かれた、紙面を覆う均一で、しかし緻密な線の集積を見たとき、そこに看取されるのは、高い集中力…

中央関東という可能性・館林ジャンクション−中央関東の現代美術−

群馬県立館林美術館で「館林ジャンクション−中央関東の現代美術−」という展覧会があった。7月の1日まで行われていたのだけど、僕が見に行ったのは5月の初旬で、かなり時間がたってしまった。とはいえ印象的な作家や作品がいくつもあった。 利根川友理の作…

イメージ生成アルゴリズムのアイディンティティ・葛飾北斎展

いわき市立美術館で、野沢二郎展と併せて鑑賞した葛飾北斎の展覧会がとてもよかった。ホノルル美術館のコレクションということだが、素晴らしい水準であることに疑いない。日本初公開の柱絵「富士見西行図」が最初にあり、以下揃物、錦絵から北斎漫画までま…

フェルメールには飽きた(かしら)・マウリッツハイス美術館展

改装の終わった東京都美術館でマウリッツハイス美術館展。フェルメール「真珠の耳飾りの少女」は以前大阪で見ているのだが、奇妙なくらい記憶から欠落している。当時の記憶に残っているのは「地理学者」の繊細さや、「リュートを調弦する女」のどことなくマ…

絵の具の可能性のコア・いわき市立美術館 野沢二郎展

絵画は一瞬で評価されるという作家本人の言葉を乗り越えるように、いわき市立美術館で行われた野沢二郎展は見る者に十全な「受け止め」を求めているように見える。一般の展示室ではない、一階ロビーの階段側面に73×61cmの油彩画が9点、等間隔に架かっている…

『20世紀末・日本の美術 ―何が語られ、何が語られなかったのか?』

『20世紀末・日本の美術 ―何が語られ、何が語られなかったのか?』について 7月28日に、横浜美術館で開催中の奈良美智展関連トークイベント『20世紀末・日本の美術 ―何が語られ、何が語られなかったのか?』に参加してきました。このイベントは2月に行われた…

切る・折る・巻き込む(世界を)/益永梢子展 Symphony

Gallery face to faceは吉祥寺の、駅前から少し歩いた住宅街にあるのだけれども、やや高い基礎に沿った階段を上がりつつ、ガラスの扉の向こうの益永梢子の作品が見えた、その時にもう来て良かったと思った。押し開くように小さな会場に入って、オーナーの山…

確信的な謎・境澤邦泰展

境澤邦泰の絵画は、わからない。無論、それは境澤の絵画の「質」についての疑義ではない。むしろ圧倒的な「質の高さ」自体が大きな謎として立ち現れてくるのだと言っていい。境澤の絵画には不明瞭なところなどない。むしろ、絵を見るという行為に慣れてしま…

獰猛な絵画・はい島伸彦「In Melodies」展

なぜ動物なのだろう。はい島伸彦(はいは配に草冠)が3月に出版した絵本「きこえる?」の原画を展示しているMEGUMI OGITA GALLERYの会場で考えていたのはそんなことだ。はい島の絵画は、実作を肉眼で見なければ伝わらない何かが確実にある。印刷物になること…

セザンヌのシワ:国立新美術館「セザンヌ―パリとプロヴァンス」展

セザンヌの絵画には時としてシワがよる。無論実際にキャンバスがよじれているわけではないのだが、思わずそれを確認したくなる歪みが画面の上に現れる時がある。国立新美術館でおこなわれているセザンヌ展で、「池」(1877-79)を再見して(2010年に行われた…