実験の手付きから立ちあがるエロティズム

須田一政展を、アートスペース・モーターで見てきました。
写真展です。いわゆるラバー・フェチと呼ばれる、SMプレイの様子を撮影しています。顔全体をゴム・マスクで覆われ、人称性が奪われた人物のカラー写真、及びSMプレイの延長にある性交渉を行う男女二人組のモノクロ写真が中心です。DMの説明から推察すると、ゴム・マスクをかぶせられた人物はポラロイドで撮影され、性交渉を行う男女二人組の写真は、ピンホールカメラで撮影されていると思われます。


どの写真も暗く、明瞭な図像とは言えません。ポラロイドやピンホールカメラという、カメラのスペックとしては極端に低い機材で、明かりのすくない室内を撮影していることもありますが、もう一つ特徴的なのは、今回のプリントは、オリジナルのプリントを展示しているわけではなく、一度プリントされたものを、わざわざスキャナでパソコンに取り込み、あらためてインクジェットプリンタで出力されているという事です。


紙は吟味された質感と厚みのあるもので、プリント自体も、いわゆる家庭用プリンタで簡易に出されたものではなく、相応の機材を使っていると思えるため(ソニーの技術者がプリントに協力しているようです)、けして「安っぽい」印象はあたえません。近年、デジタルカメラで撮影した写真を、家庭用プリンタであえて「安っぽく」プリントして見せることで、ある種の現在性を表現しようとする作品が散見されますが、今回の須田氏には、別の狙いがあると思われます。それは、「知覚の迂回」の追求です。


この写真展では、徹底して「視覚=知覚の迂回」が企てられています。暗い室内で乏しい光源の元、ポラロイドやピンホールという「良く写らない」カメラを使い、しかもかろうじて撮影されたプリントを、わざわざスキャナで取り込み、インクジェットプリンタで出力するという、画像の劣化を伴わずにはいられない工程を経て提出する行為には、「明瞭に見える」という事を忌避しようとする強い意思があると思えます。プリント自体は上記のように慎重になされている事から、デジタルスキャン/出力も「現代性の表現」とか「デジタル時代に相応しい技術を」とかいう意味はなく、あくまで「非直接性」、すなわち、ダイレクトに認識されるのではない「知覚の迂回」という事を追求した結果のように思われるのです。


もちろん、被写体の、ゴム・マスクをつけられ、人間性をはく奪された人物や、その感覚が制限された中での性行為というモチーフ(まさにモデルではなくモチーフです)も印象的です。メディア上でファッショナブルに流通している「SMっぽい」世界とは違い、頭から首まですっぽりとゴム・マスクで覆われ、身体もラバーで覆われた「モチーフ」は、性別すら判別が難しく、根本から個性・人間性・社会的文脈が奪われ、ほとんど丸太のような「物質」として現れます。この「モチーフ」も通常の感覚が制限され、人間であることを迂回しています。その「モチーフ」と近接するかのように、須田氏の写真は、写真特有の明視性が奪われています。


しかし、注意すべきは、今回の写真が、決してモチーフに同一化することなく、極めてクールに撮られていることです。暗い画面に浮かび上がる性的画像は、湿り気を帯びることなく、乾いた仕上がりを見せています。機能の制限を受けているのはカメラであり、須田一政氏はあくまでカメラから明視性を奪っている側だということが、その理由ではないでしょうか。フロイトは「サディストはマゾヒストに自己を投影している(ちくま学芸文庫・エロス論集)」と書きましたが、そのような「湿ったサディズム」などとは無関係に、須田氏は徹底してカメラ及び写真を「操作の対象」として扱い、写真自体に自己同一化するようなことなく、あくまで「像を写す機械」としてのカメラをプレイし、道具として扱います。


この写真の基底にあるものは、あくまで「技術としての写真」への分析的興味であり、モチーフの性に対してはある種の無関心さえうかがえます。そしてその上で、そのようなエロスへの無関心から浮かび上がるソリッドなエロティズムが、抽象的なかたちで浮上してきているのです。


SM写真というのは、すでにある長さの歴史をもち、確定したジャンルとして認知されています。しかし、そこには陳腐な文学趣味や、モデルへの自己同一化、あるいは既に消費され無効になったスキャンダリズムへの安易な依存が見られることがあります。今回の須田一政氏の「フェティッシュ」な作品群は、そういった「SM写真」の退屈さがありません。もちろん、カメラや写真というモノへのフェティッシュな傾倒もありません。このような、あくまで形式的で知的な写真の''実験''の手付きにこそ、官能性が宿っているのだと思えます。
(参考id:eyck:20040510)

須田一政 写真展「F・PHOTO-rubber&figure」