バカにもわかる美術の本。(6)

●落ち穂拾い
はい最終回。いくつか落ち穂拾いしてみます。

実は近代美術って、歴史的に言えばとても特殊なモノなんだと思う。しかし、その特殊なモノは確かに出現してしまった。その「特殊さ」を考える上で、マルセル・デュシャンという人は外せない。先頃大坂と横浜で行われたデュシャン展を見た人も多いでしょう。デュシャンへのインタビューを中心に構成されたこの本は、読み易いし重要な内容を含んでいる。「マルセル・デュシャン全著作」は分厚いし高価なので、その前に一度この文庫を読んでみてはどうでしょう。

ちびっと難しいかな。でも重要な論考だとおもう。風景、非風景、建築、非建築の四つの項を用いて、近代に反抗をはじめた「美術」−それ自体が近代の所産なのだけど−の様相を解析してゆく。例えば(教会などの)特定の場から離れて、近代という場に浮遊した彫刻は、ある時点を境に改めてサイトスペシフィックになっていったりする。しかし、それは単なるプレモダンへの回帰ではありえない。ポストモダニズムは、時代区分でもなければムーブメントなんぞでもない。同書に含まれる「美術館の廃墟に」(ダグラス・クリンプ)も読んでおこう。

これも歯ごたえありあり。でも、ヨーロッパでの「美術」に埋込まれている精神を捉えるには最適だと思う。古代ギリシャプラトンの規定したイデア/その写像としての芸術が、キリスト教の精神の中で変容し、いつしかイデアと芸術がその立場を変えていく。キリスト教化したイデア。そして、その足跡を追っていってこの本を読了した時、そこにニーチェの背中が急に生々しく浮かび上がる。「権力への意志」がいかに衝撃的な本なのかは、このパノフスキーの「イデア」を読まないかぎり、日本人には想像できないんじゃないか。註も膨大だけど、しっかり追っかけよう。


はい、おしまい。かなりの数になったかな。でも「絵画の準備を!」も書かなかったし、ソンタグの写真論も入れたかった。ま、僕の能力ではこの辺が限界かな。もっと相応しい人の、質の高い「美術の本」案内が欲しい。本当に欲しい。僕が欲しい。気の向いた人は、ぜひやって下さい。