国分寺switch pointに、伊部年彦展を見に行ってきました。


絵画です。20cm四方程度の薄い板(プラスチック?)に画布が張り付けてあり、そこにパステルで描かれています。同じ大きさの作品が各壁面に3×3の規則正しいグリッドで並べられていて、(2点の作品は額装され、床置きで壁に立て掛けられています。また、1点はやはり額装され正面の壁面にかけられていますが、他はピンで止められています)、総作品数は62点に及びます。水平の線や斜めに走る線/色面の組み合せが地平線や道のように見え、全体に奥行と拡がりのある風景と知覚される作品が最も多く、他には色彩の帯が水平に地層状に引かれたもの、縦方向のアグレッシブな筆跡が様々な色彩で引かれたものなどがいくつかみられます。


パステルを強く擦ったり重ねたりした、平滑で硬質な色面とやわらかにぼかされた面のマチエールの対比、あるいは明度が低く彩度は保たれた色面の中にシャープに引かれた明るい線のコントラスト、中間色の組み合わせによるハーモニーなどが視覚的に鮮やかな効果を上げています。加えてパステル特有の粒子感を強く/あるいは弱く画面に定着させることで画面全体にある種の「空気感」を漂わせています。画材への深い理解に基づいた技術が積み重なって、正方形の小さな画面に様々な「ふくらみ」あるいは「拡がり」を付与させているのが伊部氏の作品の特長と思えます。


ことに奥行、あるいは風景を感じさせる画面構成をもった作品のうちのいくつかは、それらの、パステルという画材を繊細にコントロールすることで生まれる画面の「ふくらみ」と斜め/水平の線による「ひろがり」の効果が個々の作品で固有の「感覚の上での作品の大きさ」を作り出し、画面が物理的に同じ面積しか持たないにもかかわらず、作品が微妙に違った大きさに感じられるという不思議な印象を形成しています。この、個々の作品の固有の「大きさ」は、同一サイズの基底材の反復の他、正方形という方向性をもたないフォーマット、パステル以外の描画材の不使用、また3×3と規則的なグリッドに載って等間隔に並べるという、作品の個性のようなものを形式上は抑圧する作られ方や見せ方によって、逆に増幅されて感じられます。


画材の扱い、展示など、テクニカルに構築しているにも関わらず、細部に走ることなく(正確には作家の細部へのこだわりが作品や展示の全体感を損ねることなく)、柔らかで肯定的な世界観が広がっていて、それが今回の伊部年彦展の基調音を形成しています。意志的でありながら「行き過ぎる」ことがない、感覚的な悦びを丁寧に定着させている作品群は、伊部氏が絵を描くという行為の原初的な衝動にまっすぐ向かい合っている、その姿勢を反映させているのではないかと思えました。残念、今日で終わりです。


●伊部年彦展「ぱすてるよろぼふ」