日本橋三越でやっているベオグラード国立美術館所蔵フランス近代絵画展に、軽い気分で行ってみたら、これが結構充実した展覧会でビックリした。入場締めきりギリギリの閉館30分前に飛び込んだので、けしてじっくりと見たわけではないのだが、会期が12日までということなので、ざっくりとでも紹介しておこうかなと思う。


目玉はかなりの点数があるルノワールの油彩とデッサン、ドガのデッサンなのだが、僕が拾いものだと思ったのは周辺的な展示としてぽつぽつと置いてあったセザンヌクロッキーマチスの油彩2点、ピカソの小品1点、ゴーギャン静物などで、ことにゴーギャン静物は、いわゆる「ゴーギャンのスタイル」の絵ではなく、色彩も光りも対象に寄り添って、ごく実直に描かれた作品で、インパクトみたいなものはないのだけどとても「強い」。このような強さは、誰の目にも止まる、その人独自のスタイルからもたらされるパターンからは決して産まれなくて、むしろじっくりと画面や対象を見つめ、そこに何を加えれば(あるいは削れば)、その時一回かぎりの空間を画面の上に成り立たせることができるかという、物凄く地味だけど一番根幹的な制作の積み重ねから引き出されていると思う。


この絵にはキャプションがついていて、ゴーギャンタヒチから帰ってきた後、パリでタヒチでのスケッチをもとに記憶を辿りながら描いたという説明が読めるのだが、このような質の絵が「思い出し」によって描かれたという事に驚く。恐らくこういった制作が可能だったのは、ゴーギャンは過去のタヒチの「光景」を思い出してそれを再現したのではなく、その過去の経験に刻まれた「感触」や「気掛かり」や「空気感」みたいなものを思い出していて、それに基づいて画面を組み上げていると想像される。もちろん、現場で描いてきたスケッチが重要な素材であったことは確かだろうけれども、ここでゴーギャンがしているのは「光景の再現」ではなくて、過去の経験がもたらした、ある知覚上の痕跡を土台に置いた、純絵画的なプレイなのだと思う。


実はこの絵の隣には、いかにもゴーギャン風という感じの、タヒチの裸婦を描いた、そこそこに大きい作品があるのだけれども、そちらは絵の具が粗く流れていて、そこが作家の狙いなのかもしれないが到底小さな静物画が獲得したような「質」をもっていない。この展覧会のパンフレットやポスターには、ルノワールの婦人像が大きくあしらわれている隣にこの「ゴーギャン風」の絵が配されていて、一般にはこちらの方が「受ける」のかもしれないが、実作を見れば形式としては平凡な静物画の方が、遥かに優れていると思う。


他にもモネのルーアン大聖堂の連作のうちの1点があったり、ピサロの比較的大きな広場を描いた作品があったりして気が抜けない。ピサロの作品は、画面左のフラットな広場の色面の、ペッタリとしたマチエールが画面を面白くしている。この面が空のタッチや画面右の建築物の細かい表情、広場の上に散らばる人々を示す「点々」と相互作用を引き起こしている。モネのルーアン大聖堂は、その表面が思いのほかパサパサしていて、なんだかボナールみたいだなと思って、ちょっと意外だった。この連作の他の絵は何度か目にしている筈なのだが、このような表面の乾燥した感触に気付いたのは始めてだった。制作の経緯から考えれば他の作品もそう違った表面をしているとも思えないのだが、今回の作品はひび割れも目立つし、やや特殊なのかもしれない。とにかく以前見た筈のこの連作のバリエーションが思い出せなくて、そのうち「ホントに見たことあるのか?」とか自信がなくなって来て、いや絵っていうのは何度でも見なきゃいけないんだなと当たり前の事を思ったりもした。


序盤にあるブーダン静物とか、シニャックの小さな絵とか、とにかくふとしたところでチャーミングな作品に出会う。終盤のセザンヌクロッキーピカソキュビズム的頭部像、マチスの窓辺に佇む女性を背後から捉えた作品などは、もっとずっと大きくフューチャーされてもよいのではないかと思う(僕だったら絶対こっちをポスターに使う)。あと、ちょっと違う意味で心に残ったのはブラマンクの作品で、こちらはたしか4点くらいあったと思うのだが、部分的に良い所もあるのに、なにかどうしてもすらりと弱い、通俗的なところに落ち込んでしまっていて、なまじマチスピカソが近くにあったものだから、つい無意味に「惜しい」とか「もうちょい」とか「ダメだよそれじゃぁ」とか心の中でツッコミを入れてしまった。


絶賛大プッシュ!行かずに死ねるか、とは言わないが、興味のある人は行ってみていいと思う。デパートの催事場でやってると思って嘗めてると(僕は嘗めてたのだけど)やられてしまう。個人的な興味の範疇からずれるが、ルドンのデッサンがけっこうあって、好きな人には貴重な機会ではないか。ロダンクロッキーとカリエールのデッサンも並べて置かれていて、国立西洋美術館の「ロダンとカリエール展」へのからみもささやかに見せている。最終日は6時閉場、入場はその30分前までということなのでお気をつけて。


ベオグラード国立美術館所蔵フランス近代絵画展

※終了後以下の場所に巡回