昨日は「うきぐも」展のサブ会場ギャラリーの搬入と展示をしてきて、明日はメイン会場のアトリアの搬入となる。昨日の展示の結果を見て自分で思ったのだけど、もしかすると僕は絵画の「外部」に立っているように見られるかもしれない。ただ、僕は自分が絵画の「外部」に確信的に立っているつもりはない。どちらかといえば、現状の僕は絵画の「内部」に居たくても居られない、そういう場所で制作しているし、作品もそうならざるをえない、という一種の居心地の悪さに基づいている。


絵画というものを全面的に信じ、そこに没入している人を見ると幸せそうだな、と思うし、正直羨ましいとも思うのだが、僕は恐らく資質として、そういう能力に欠けているのだろう。逆に、絵画を外部から攻略している人の、一種の「賢さ」を見るにつけ、そういったアプローチが部分的に面白いものであったとしても、そのように絵画の「外部」なるものを操作すること自体が、絵画の「内部」に依存したものでることは明白だし、妙に精緻な「外部」自体が、ある種の内部化を引き起こしているような感触もある。そして「絵画の内部に居心地の悪さを感じる」というような、消極的な場所から見ると、そのような内部/外部、という輪郭線は、すごくぼやけて見えて来る。


2000年にペインティングを開始して、しばらくして分かったのだが、ペインティングというのは自動的に「イメージ」を生産してしまうものだし、そのような「イメージ」から逃げようとすればするほど「イメージ」はしつこく追ってくる。率直に言って、「イメージ」を工芸的になめらかに仕上げる、というのはそんなに難しい話ではないわけで、そこを壊そうすると、どうしても外へ外へと目が行きはじめる。しかし、僕が何故絵を描くかといえば、単純に絵を描くのが面白いからだし、そのような、原初的でパーソナルな快楽が、確かな広がりを持ち、かなりの程度様々な拘束から離れた、原理的な意味での自由を獲得した「作品」となっていることを知っているからだ。


だが、その原初的なものが「作品」となるには、あるプロセスを経なければいけない。そのプロセスとは、技術だけでもいないし批評だけでもない、ある特定の「条件」のことで、人なら誰でも持っているような、原初的なるものが、開かれた「作品」になっていくには、恐ろしく局所的で徹底的に閉じた(交換不可能な)“個人の条件”を通過しなければならない。そして、僕の条件とは恐らく「絵画の内部に居たくても居られない」ことなのだろう。


全然違う言い方をすれば、絵画というのはそれ単独で確定されるものではなく、どうしてもある関係性の編み目としてしか存在できない。文学や音楽や演劇や映画があり、そのクロスオーバーの一点として絵画が成り立つわけだが、恐らく僕自身にも、そういった他のジャンルとの関係が刻まれているだろう。最も大きなものはたぶん演劇と銅版画だが、誤解を招きたく無いのは「演劇」と聞くとすぐにフリードのシアトリカルという概念を持出す人がいることで、あたりまえだがフリードの言う「演劇性」と「演劇」は直接的なイコールでは結ばれない(無関係でもないのが面倒だが)。


例えば僕が友人達と大学の3年から4年にかけて演劇でやっていた試みは、単線的な構造を捨てて、舞台上の図と地を入れ替えながらシーンをパッチワークし、ドラマを崩して役者(身体)の動きを見せつつ、しかし単なる断片化に陥らない、細かいながらも全体が関係性に基づいたフレームを形成する、といったもので、今自分が描いている絵画と当時の試みは、無論大きな違いがあるにしてもどこかで通底している感触がある(言ってみれば、僕は演劇の中で美術について考えていた、とすら言えるかもしれない)。


だが、絵画がどうしても外部との関係で成り立っているとして、しかしそのような事は事前に先取りされてはいけないわけで、上記のような、僕の絵画と演劇の関係性にしても、ある程度演劇をしつこくやり、また絵画をそれ自体で描いた後、結果的に接点が形成されていくだけの話しで、あらかじめそんな事を考えていても絵は描けないし演劇もできない。描く前に外部の豊かなリソースに依存して作品を作ってしまう事こそ避けなければならないし、現状、絵画というのはどうしてもある種の貧しさに耐えなければ、そもそも外部との緊張関係すら築けないはずなのだ。