講談社文芸文庫の「近代日本の批評3(明治・大正編)」をぽつぽつ再読している。ここに出てくる多くの批評家や作家を僕は知らない。徳富蘇峰とか荒畑寒村とかいう名前に対する教養は僕には欠けている。が、未知の名前がばんばん出て来てはガンガン切られていく(評価されていく)ような本が、なぜだかとてもリアリティのある感覚で読み進められる。その理由がはっきりするのは、明治・大正期の批評全般を検討している対談者達が、最後に“批評を批評してきた批評家である自分自身”を、更に批評し再検討している箇所だと思う。例えば出席者の野口武彦氏は次のように言う。

四回にわたるシンポジウムで、非常に大きくかつはっきりした議論の枠組みはできていたと思う。それは大ざっぱに言えば、明治、大正、昭和という年号を超えて、日本的なるもの、あるいは共同体的なるものから何らかの形で−何らかというのは宗教であれ、思想であれ、文学であれという意味だけれども−それから突出した個人がいる。それが全体構図では、まず内村イズムであり、次が福本イズムであり、それからついでに僕は小林イズムと呼んだらどうかと思うけれども、そういうものがある。そしてそういう人々の言説によって、思想界、文学界全体にある緊張がもたらされる。しかしその緊張は持続しないで、解体・弛緩が始まる。それは、ただ弛むというんではなくて、そういう突出した個人的言説に対する反論、修正、あるいは亜流化するとか、そういう格好で進んでいく。(講談社文芸文庫「近代日本の批評3/明治・大正編」P274-275)


ここで、野口氏が、あるいはこの討議全体が批判している側に自分との接点を見つけてしまうことこそ僕が感じるアクチュアリティだ。『突出した個人的言説に対する反論、修正、あるいは亜流化』を押し進めていった、多くの人々というのは、もしかしてこの「私」のことではあるまいか?というような感覚。いうまでもないことだが、このような妄想はあまりにバカげている。「近代日本の批評」で、ときにけちょんけちょんに批判される多くの作家や批評家は、多分当時のもっとも優れた頭脳だと前後の文脈から推測されるし、そのような優秀さをもってしても脱し切ることのできない事柄が問題になっているわけで、率直に言ってここで取り上げられ批判されている人々に自分を投影することができる人というのは、物凄く限られた範囲の筈だ。だから、この本の持つ一種異様な生々しさは、あくまで「時代の構造」を意識する時にこそ感じられる。先の野口氏の発言を受けて、柄谷行人氏は以下のように言う。

ぼくらが言っていることは、たしかに別に新しいことではない。なぜなら、新しいことなどわれわれはやっていないのではないか、ある反復的な構造のなかにあるのではないか、ということを言っているのだから。というよりも、その構造を明らかにしたい、というのが、このシンポジウムをやるぼくの動機だったと言ってもいいのです。この反復構造はさまざまなレベルであるけれども、われわれが集中すべきなのは、言うまでもなく批評的言説のレベルです。
たとえば、ぼくが内村鑑三や福本和男をもちだしたのは、一見すると「西洋と日本」の問題のように見えるけれども、そうではないんです。ぼくが言いたいのは、「思想の本来的な外部性」と「外来思想」を区別しなければならないということです。(同書P276)


ここで柄谷氏は重要なことを言っている。たとえどのように優秀であったとしても、この「反復構造」から自由であることはできない。というよりむしろ、自分は自由にやれている(新しいことをやれている)と思うような者こそ、根本的にある構造を反復しているだけに過ぎない。そしてなおかつ、「思想の本来的な外部性」というのは(時代の構造によっては)消去されないのだ。柄谷氏の発言の引用を続ける。

キリスト教にせよ、マルクス主義にせよ、そこに思想の本来的な外部性を見た者と、それを外来思想として受け取った者がいる。内村や福本は前者です。後者には、外来思想であるがゆえにそれを崇拝する者、しかし、外来思想であるがゆえに、やがてそれを放棄したり、憎悪したり、あるいは、日本的なものに変形してしまったり、勝手に総合し揚棄してしまったりする者がいる。もちろん、これが大多数です。そして、「西洋と日本・東洋」とか、「知識人と大衆」とかいう問題機制は、こういう人たちによって構成され、たえず反復されているわけです。いまでもまったく同じです。しかも、これは明治において始まったことでもない。江戸時代でもそうだから。(同書P276-P277)


思想の本来的な外部性、とは何か。考える、思考する、ということは、もしかすれば可能なのかもしれない。しかし、『思想』とは、はたして可能なのか。それはそもそも、根本的に「私」の外部にあり、しかもその外部の、圧倒的な手の届かなさ、というよりは操作不可能性に押しつぶされるような形でしか、アクセスすることすらできないのではないか。そのような、ある種の不能さに打ちひしがれる能力こそ貴重なのであって、なまじ「考える」ことができると日頃思っているものこそ、そのような能力から完全に見捨てられているのではないだろうか。こういった書き方をすると、例えば「やはり黙々と画家は絵を描いているべきなのだ」と短絡しているように思われるかもしれないが、まさにその発想こそ構造の自動的反復への再短距離であることは違い無い。沈黙することは逃避であり、発語することは退廃の上塗りにしか繋がらない、という状況下で、いかに黙らないか。そして、そういうコトバ=作品にこそ「反復構造」は忍び込む。さらに柄谷氏の発言を引用。

たとえば『論語』のなかに「思想の本来的な外部性」を見た伊藤仁斎のような少数の者と、朱子学を「外来思想」として至上化した多数の学者、さらにそれを排撃し、内に根拠を求めようとした国学派がいる。まあ、宣長は少し違うけれども。
ぼくがこのシンポジウムでやろうとしたのは、この反復を断ち切ることだと言っていいけれども、そのことを再び「西洋と日本」とか「知識人と大衆」といった反復構造のなかに押し込み、それなら昔からあった、というような連中がいる。ぼくは、そういうたんに頭の悪い人たちの言うことを批評とは思わないので、反論する気にもならない。(同書P277)


むしろ反対側から考えるべきなのかもしれない。つまり憎悪したり、崇拝したり、放棄したり、勝手に総合し揚棄してしまったりした瞬間、思想の本来的な外部性は消去される。そんなことができない場に直面すること。そういう能力こそ、一般的な意味とは違う「優秀さ」となるのかもしれない。「優秀さ」、というと、ある種の小器用さ、ととられ軽蔑を産むかもしれない。しかし、僕はここしばらく、つくづく「優秀」になりたいとも思うのだ(難しい話ではない。とりあえずこのエントリの冒頭に「教養がない」と書けてしまう感受性こそがもしかしたら問題なのかもしれない)。