サントリー美術館で「水と生きる」展を見て来た。前期・中期・後期と分かれていた展示期間の後期にあたる。この美術館が水曜日〜土曜日は夜8時までやっているのはいいな、と思う。都市型美術館というのは本来こうあるべきで、他の都内の美術施設もぜひそうなって欲しい(そういう点では森美術館は理想的)。とりあえず現状、一時期どんと減った週末の開館時間延長が、少しずつ復活しつつあるのは嬉しい。以前からやっていた国立の博物館・美術館、Bunkamuraなどに加えて、損保ジャパン美術館も特別展では金曜日の時間延長があるし、気付けばICCの 「LIFE - fluid, invisible, inaudible」展も金曜日は8時までとされている。東京都美術館東京都現代美術館の状況は知事が変らないうちはかなり厳しいだろうが、おなじ都営の写真美術館は継続的に夜間開館をやっている。働いている人の労働条件に負荷がかかってしまっては問題だが、そのぶん午前は休み、とかにしてもいいのではないか。ついでに書けば、そろそろ都内の美術館はICカードで入場できるようにしてもいいんじゃないかと思うのだけど、どうだろう。suica/pasmoが無理なら、都内美術館専用カードとか作ってもいい。


この「水と生きる」展では歌川広重の「東海道五十三次」(保永堂版+隷書東海道)が良い状態で見られる。「水と生きる」というコンセプトにあわせるように、雨や雪といった各場面の気象にスポットを当てる展示も効果的で、ことに「庄野・白雨」は素晴らしい。シャープな作品で、グラフィカルで大胆な構図と繊細な刷りが、驟雨の匂いたつような雰囲気を展開させている。他に「京師・三条大橋」も印象的だし、同じ広重の「江戸高名会亭尽」のうち「木母寺雪見・植木屋」「王子・扇屋」なども面白い。広重の版画は、1枚の画面にいくつかの要素が組み合わさり、その連係がある佇まいをかもし出すように刷り上げられている。「庄野・白雨」では、右辺では下から坂道が入りこんで来てそこには突然の雨に転がり落ちるような人がいる。上からは山林の稜線が降りてくる。坂道の中ごろに駆け上がる旅人がおり、降りて来た林の稜線は薄くなりながら彼等と左辺で交差しようとする。そしてその交点の上下に「東海道五十三次/庄野・白雨」の文字と広重の印がある。近景と遠景のダイナミックなクロスを斜線の雨が結び付け、落ちの所にタイトルバックがうかびあがる、という構成が映画的だ。


目玉は恐らく応挙の「青楓瀑布図」なのだと思うが、個人的にはあまりピンとこなかった。「佐竹本三十六歌仙絵 源順」は、本来巻き物だったものが大正期に切られたという由来も含めて面白かった。しかし全体に工芸品の方が記憶に残る。ことに江戸時代の薩摩切り子のちろりや杯、藍色の瓶などは「欲しい」と思うもので、こういうのが民間コレクションの良いところだと思うのだが、蒐集家の欲望のようなものがとても親密な形で展示物から感じ取れる。こんな器で冷酒を呑んだらさぞ美味しいだろうな、と思うし、季節も合っていて楽しい。他にも蒔絵の香合や硯箱など、手の込んだ細々しい道具類が美しく、しかも使っていた人の手が想像されるようなくすみかたをしていて、これもとてもパーソナルな感覚を喚起される。工芸品でも、最初から使われるのではなく、鑑賞されるために作られた刀剣とかは単に「美しい」と判断すればいいのだけど、櫛とか、硯とか、多分毎日のように使用されていたものは、現在ガラスケースに入れられていても、どうしても特殊なコノテーションをもってしまう。それは女性が日々自らの身体に触れさせていたものであったり、力のある人が何かしらの文章を書いていた時にあったもので、そういった「気配」は、単純な美しさ、というよりは、汚れとか鈍さとか、そういった形で物理的に刻まれている。そのインデックス性が、かなり鑑賞者を情動的にするのだと思う(ぶっちゃけ櫛なんかはエロいのだ)。


会場では和装の女性を何人か見かけた。そういえば、少し前に東京都庭園美術館で開催されていた「モダン日本の里帰り 大正シック」展では、旧宮邸のウインターガーデン(サンルームだろう)にロッキングチェアが置いてあり、出品作の和田青華の「T婦人」みたいに座って写真を撮る、みたいなコーナーが設置されていて、僕が見た時はやはり和装で来ていた女性達がノリノリでポーズを決めては携帯のカメラで撮りあっていた(なんと御丁寧に絵と同じネックレスが準備されている。コスプレだ)。罪のない企画で、見ていてそれなりに面白かった。なんとなく皆TPOをわきまえていて、今回のサントリー美術館とか庭園美術館とか、なるほど、と思う時と場所に女性達が和装でやってくる。こういうのってかなりの程度文化的に洗練された「ファッション」だなぁ、と思う(例えばワタリウム美術館のバリー・マッギー展に彼女達が和装で出かけるとは思えない)。良くしらないけど、以前よりは和装というのは比較的カジュアルに楽しまれているのだろうか。もちろん、着付けのサービスが充実してきたとかあるのだろうけど、そうは言っても彼女達が何も知らないで和装をしているともおもえない(というか、あの文脈の読みっぷりを見るかぎり、かなりいろいろ勉強して着ているのだろう)。こういうのを見ると、ほんとファッショナブルな人というのは緻密なゲームを知的にやっているのだなと感心する。


当然この流れだと国立新美術館日展100年展とか芸大美術館の金比羅宮書院展とかでも和装を見るのだろうが、盛夏は厳しいのだろうか(いくらなんでも浴衣はないだろう)。ちなみに僕がサントリー美術館のリニューアルで心待ちにしている「泰西王侯馬騎馬図屏風」は、次回の企画「BIOMBO/屏風 日本の美」展(9月1日〜)でようやく出品されるようだ。


●水と生きる

  • http://www.suntory.co.jp/sma/
  • 〜8/19まで
  • 10:00〜18:00 〔水〜土〕10:00〜20:00
  • いずれも最終入館は閉館30分前まで
  • 休館日:火曜日