東京建築士会の平成21年住宅建築賞入賞作品展を日本橋のDIC COLOR SQUAREまで見に行ったのは先週になる。今回入賞したIKMO(柴田晃宏+比護結子)による、築33年の木造住宅を構造だけを残し全面的にリノベーションした自宅+事務所「キチ001」は、2006年のオープンハウス時に訪問している(参考:id:eyck:20060404)。改めて模型を見て理解できたのは、古い住宅のフレームだけを残し薄い膜で包んだ内部を半ば過密住宅地における解放空間=半屋外として設定し、その中に宙に浮いた形でカプセル状のコアを作って住まいとする、というプランがとても明快に見えたことだ。私が現地を訪れたときにはこのようなコンセプトにははっきりとは気づかなかったのだけれど、時間をおいて外から俯瞰で構造を取り出してみられる展示は面白かった。


都市に解放系を作る、という考え方はそんなに目新しくないのかもしれない。クリシェでよく言われた「縁側の復権」のように、いわば外部空間と内部をあいまいに連結させ、外部を利用する形で語られるパターンもあるが、もちろん本当に過密な東京都心ではそのような「贅沢」はありえない(ちょっと前の葛飾四ツ木周辺のように、公道である歩道がほぼ私的空間として浸食され、そこに洗濯物やらプランターやらが溢れ出ている、という形態も徐々に減っているだろう)。そうすると、都市狭小住宅は極端に防御的に重く閉じるしかなくなる(東孝光:塔の家)し、僅かに余裕がありうれば室伏次郎のようにファサードは閉じて空に向けてだけ開口する、あるいは中庭を作る(安藤忠雄住吉の長屋)といった解決策がとられることになる。その点、狭い敷地いっぱいに立った住宅に大きな窓を開け天井を取り払って温室状にし、空間をシースルー+レイヤードにしてしまいキッチンを宙ぶらりんに浮かせる、という「キチ001」は、やはりユニークなものだと思う。


IKMOの住宅としては最初の「カキノキノイエ」の他、昨年末に三鷹の「フラグメントナイエ」を見ている。これまた都内の狭小地に、中心軸を取り囲むようにボックスが螺旋を描いて積み重なり上昇してゆくというもので、各スペースが物理的にはズレながら連結しているのだけど視線は重ならず意識上で区切られて行くという、IKMO得意(?)のステップフロア手法の極限のような作品だった。なんだか丹下健三静岡放送東京支社(1967)と黒川紀章中銀カプセルタワービル(1972)を合わせて連想してしまったのだけれど、もちろん「フラグメントナイエ」が将来縦に成長したり各ユニットが交換されたりしてゆく、という構想はないだろう。しかし、とりあえず「キチ001」に関しては、前世紀に語られたのとはまったく違う文脈で新陳代謝する建築、というインスピレーションが湧いた。


「キチ001」は内部に樹が植えられていて、ファサードに張られた網に繁茂するゴーヤは毎年旺盛に成長しているようだ。現地では気づかなかったが、今回見る事のできたプレゼンパネルで見ると、この室内の木は基礎に穴が開いていて敷地に直に植えられているのだ。パネルでは、敷地の土壌から水分や養分を木が吸い込んではガラスの天井から入った太陽光で光合成を行い室内に酸素を吐き出すエネルギーサイクルのモデルが示されていた(アメリカのバイオスフィア2計画とかもちょっと連想させる)。要するにこの二人の建築家ユニットの持つ経験とアイディアがガンガンに突っ込まれているからこそ、こちらも建物に埋め込まれた様々なリンクからあちこちに飛んで行く事ができるのだと思う。


少なくとも単に上手いリサイクルとは異なると思う。IKMO「キチ001」にはびっくりするくらい一般的なリノベーションにつきまとう「貧乏臭い」感覚がない。化粧を新しくして「古いのに一見新築に見える」かのような、ビジュアル先行のリニューアル(表面的トンチばっかり見せられる「劇的ビフォー・アフター」とか)ではないからだ。IKMOにおいては古住宅は「しかたがない」ものではなくごくポジティブな素材であり安易に覆うのではなく積極的に開かれ剥がされ再構築される遊び道具だ(生かされてある梁や残された引き戸の魅力的な表情)。


IKMOを個人的に知らない訳ではない人間の身びいきかもしれないのだけれども、この作品が出品作中最高賞でないのは少しだけ納得がいかない。建築それ自体よりも「住まい方」が前面にでているのではないか、という判断はわかる気がする(というか、とても良くわかる)。だけどそもそも住宅とはそうあるべきではないのだろうか?住まい方と住まいが簡単に切り離せるとしたら、その住宅は真の、個別の、交換不可能な人なり家族なりが生きて行く「住まい」として良いものだろうか。安価に、かつ、そのことを積極的に生きる=住まうあり方こそが、今の、あるいはこれからの「住宅」を考えてゆく多くの若い世代の条件なのではないか。オープンハウス時にも書いたけれど、自らのもつけして潤沢ではない環境を、まったく悲観せず前向きに楽しんでいるのがIKMOなのだ。選評は以下。


●東京建築士会 平成21年住宅建築賞入賞作品展

  • DIC COLOR SQUARE
  • http://www.color-square.com/
  • 〜7月31日(金)(土日・祝日休館)
  • 10:00〜17:00(最終日は16:00まで)