神奈川県立近代美術館・葉山館における桑山忠明展「HAYAMA」

美術館の5つの部屋にあわせて、各作品を設置している。受付で渡される作品表には、それぞれの展示室の大きさと制作年、作品素材、作品点数、所有者が記されている。またそこに示されている「お願い」を読むよう指示される。

「お願い」
・作品にはお手を触れないでください。
・床上の作品にご注意ください。作品の間を通ることはご遠慮ください。
・Room2とRoom4の間は通り抜けできません。
・その他、展示室内では係員の指示に従ってください。


■Room1:会場は30×12×天井高5m
・作品素材:アズノイド・アルミニウム(イエロー、オレンジ)
・2011年作
・高さ23.5×直径31.5cm
金沢21世紀美術館蔵(Untitled  金沢21世紀美術館のためのプロジェクト)


入口に対し右手に長く伸びる空間で、天井からは白く明るい光線(曇りガラスのようなもので拡散されている)。床面中央に、作品がイエローとオレンジを交互にして16点並んでいる。底面が広い円で上面がやや小さな面、側面から見ると台形をしている。円錐の上部を水平に切り取った形態。隣室は手前に衝立状の壁面があるため見えない。作品の手前と奥に、僅かな高さをもった、床面と似た素材のレールが設置されていて係員にそこから作品に近づかないこと、会場短辺側のレールが切れている所から向こうに回ることは問題ないことが指示される。一見して台座状の作品以外の参照ポイントがないことが分かる。意図がつかめず、係員に指示されたレールが切れた壁面沿いに向こう側へ回り、足早にRoom2に向かう。視界を作品が流れる。


■Room2:会場は12×12×天井高5m
・作品素材:アズノイド・チタニウム(イエロー、ピンク)
・2012年作
・高さ20×幅20×高さ5cm
・作家蔵
衝立の左側を通ると開口部からRoom2の壁面に設置された作品が見える。なかに入っていくと、縦6列、横8列の金属の直方体が掛かっている。表面は鏡面ではなく、メタリックかつマットな輝きで天井からの光を反射している。観客側を向いている面には水平、あるいは垂直の線が交互に入っていて、作品の各ユニットが直方体の部材を二つ並べていることがわかる(交互に線が入っているのは、並べ方が左右あるいは上下であることによる)。向かって左の壁面にもイエローの、おそらく同じ構成の作品が掛かっている。天井からはRoom1と同じく白い光。天井に近い作品は明るく、下の方の作品は暗く沈んで見える。また、列中央の作品は比較的明るく、端の作品はやや暗い。各作品の下のはやや末広がりに影が落ちる。作品に近づくとこの反射の有り様が刻々と変化する。作品左手から近づいてみる。作品前に立つと自分自身が影になって作品が暗くなる。また右に動くとそれに従って近づく作品が反射光の状態を変え、まるで色彩自体が変化しているように見える(側面からみているときと、正面から見ているときはまったく同じものとは思えないほどその反射光の状態を変える)。


横にスリットが入っているものの側面から直方体の中の構造が見える。コの字型に整形された金属板は、開口している箇所から奥まった所に同じ素材の蓋がされている。反対からも同じに見える。しばらくして高い位置にある作品も、下から同じように中が見えることに気づく。そのまま壁面に従ってピンクとされている作品の前に行く。やはりこちらの歩行に従って各作品が反射光の状態を変える。ここで僕には作家の意図が理解できたと感じる。やや下がってピンクの作品の全体を改めて眺め、意識的に距離を変えてみる。また、イエローの作品も同様にする。この記述ではピンク、イエローとしているが、実際に見たときはピンクの作品はむしろマゼンタっぽい紫、イエローの作品はオーカー系の褐色、あるいは角度によっては緑にも見えていた。イエローの作品の対面の壁前に座っていた係員に、天井の照明が自然光なのか尋ねる。自然光と蛍光灯両方であること、時間帯・天候によって明るさが変わること、午前中の方が明るい事を聞く。この時はほぼ晴天の午後3時過ぎである。先ほど理解できなかったRoom1の作品が気になり、改めてRoom2を出て衝立の向かって左側を通ってRoom1に戻る。


■Room1:情報は前掲。
並ぶ作品があゆみによって視界を横切って行く。側胴に自分の影が最初小さく、正面に向けて大きく、そしてまた小さくなって映る。上面はレコードのような、細い溝状の凹凸がついているように見え、扇型に光る面が回る。この作品も、イエローの作品には緑味を感じ、全体に黄緑と認識する。オレンジはむしろ銅の色に見える(なので銅製ではないかと推測した)。部屋の向こう側まで行き、壁面に沿って反対側に行く。同じように作品に沿って歩いてみる。こちら側(入口と反対側)の方が上面と側面の明度差が強く、側面が沈み込んでまるで上面が宙に浮いているように見える。歩くに従って、側面・上面、そして作品の間から見える床面が視界の中で明滅し、瞬く。一度作品に沿って歩くのをやめ、作品から距離をとってみる。この場合、作品の表面の光の反射はそれほどには変化せず、ただ会場に置かれたオブジェクトの形態と状態が視界のフレームに客観的に見えるだけとなる。再度衝立を回り込み、もう一周回ってみて室外に出る。暗く、細長い通路を通ってRoom3に向う。


■Room3:会場は12×6.4×天井高3.8m
・作品素材:マイラーに色鉛筆(赤、青)、ガラス、アルミニウムアングル
・2004年作
・高さ37×幅35×厚み3cm
・作家蔵
照明は完全に人工光線のみ。天井は明るくない。入口正面の壁面の、ほぼ顔の高さに作品がある(僕の身長は158cm)。留められたアルミの細長い台(アングル)に、ガラス二枚に挟まれたマイラー紙がある。ガラスは緑がかって見える。特に側面ははっきりした緑である。一見して二枚のガラスは圧着しておらず、単に台と壁の作るL字型の狭い空間に立てかけられ、間のマイラー紙も挟まれているだけのように見える。作品は等間隔に22点並んでいる。マイラー紙に交互に引かれた赤と青の水平線は明らかに人の手で引かれている。ここまで手の痕跡がない工業的な作品ばかりだったので眼を引く。近づいていくと、斜めに設置されているせいか自分がガラス面に写りこまないことに気づく。


また、万一作品に触れた場合、直ちに作品に影響を与える、あるいはガラスが落ちて割るのではないかという想像が働くが、Room1にあったような、観客の接近を防ぐ線や係員からの注意はない。向かって右端から順に作品を見ていくが、空間の大きさがそれ程ないこと、作品間隔が短いこと、上述のように振動を与えることに慎重にならざるをえないことから、作品から50cm程度の距離で横にゆっくりした速度で歩むことになる。ここでも引かれた線の明滅を感じるが、遅い速度と比較的僅かな移動距離のためRoom1程強いまたたきではなく、ゆるやかな交代に見える。入口近くにいる係員に作品が固定されていないことを確認し、マイラー紙の組成について尋ねる。係員から固定されないため地震のときに不安を覚えること(このとき二人で作品に近づく)、マイラー紙が樹脂の紙(木材パルプ由来でない)ことを聞く。もう一度会場全体を眺めてRoom3を離れる。通路にケースが設置されていて、作品の設置などを示した図面のようなドローイングが見える。それを右手に眺めたままRoom4に入る。


■Room4:会場は20.74×15×天井高6m
・作品素材:メタリック塗装(イエロー、ピンク)、ベークライト合板、アルミニウムアングル
・1996-2012年作
・高さ240×幅18×厚み5cm
・作家蔵
これまでで最も広い部屋で、横方向が長い。天井高も高く、開放感を覚える。照明は蛍光灯のみだったように記憶しているが確信できない。縦に細長い直方体が向かって左の壁面(部屋の左端から手前にずれた位置にある衝立状の壁で天井まで届いておらず上に空間がある)から正面の長い壁、右の壁面とコの字型に122点等間隔に、2色が交互に並んでいる。まっすぐ正面の壁に向い、作品の間近に立つ。作品表面が自分の姿を写してやや暗くなる(表面はマット)。ここにも作品への距離を規制するものはない。壁面に沿って顔を向けると直方体が徐々に小さく突き当たりの壁面まで密度を増して並んで見える。そのまま歩くと、この直方体が奥から手前へ動きはじめる。途中で止まり、少し後ろに下がって直方体を下から上へ眺める。上ほど明るく光って見え、色彩も変化して見える。そのグラデーションは幅広い。再び作品に沿って歩く。すると、作品からカタカタと音が聞こえる。止まって、改めて壁面と作品の接触面を見る。僅かに隙間が黒く見えるが振動しているようには見えない。自分の歩行が作品に振動を与えているのかと思い、再び歩き出す。やはりカタカタと音がする。もう一度止まって作品を確認するが振動は視認できない。もうしばらく歩き、右の壁面に突き当たって向きを変え、壁面途中まで歩く。


Room4入口付近まで戻り、そこにいる係員に「直方体は壁に釘のようなものを打って掛けているのか」と尋ねる。係員からこの部屋を出たところにあるインタビュー映像でも確認できるが、壁面に木材を打ってそこに掛けている、と言われる。近くを歩くと音がするが振動しているのか、と聞くと、掛けてあるだけなので歩行、あるいは場合によっては空調によっても振動し音がする、激しいときはここ(係員がいる場所)まで聞こえる、と言われる。重量が気になったので、これも全てチタンで出来ているのかと聞く。係員から、側面はチタン、表面は合板でメタリックに塗装していると言われる。合版は木材かと聞く。樹脂製の合版と言われる。了解して、向かって左の壁面に近づき、もう一度歩いてみる。そのまま会場全体を見直す。作品の前を他の観客が歩くと、縞模様の中を人が歩いていく様子がわかる。ここの会場の作品のピンクも紫と認識する。作品に沿って歩き、進行方向でなく作品側に顔だけ向けると、狭い間隔で作品が並んでいるため非常に素早い瞬きのように視界が明滅する。数名いる観客の声が耳に入って、ここまでほとんど音に注意を払わなかったことに気づく(Room2では観客は僕一人だった。Room1では男女二人組がいたような記憶が有る。Room3も観客は僕一人)。Room4を出ると、入る時に見た図面のあるケースの向こうにロビーのような空間があり、その一番先に置いてあるモニターで桑山忠明氏と思える人物が話している様子が写っている。それをヘッドホンをつけて見ている観客が三人いる。その空間に近づくと自動ドアが開く。ドアが締まる。自動ドアの隣りに桑山忠明氏の年譜がある。観客が桑山氏のインタビュー画像を見ている、そのわきを抜けてRoom5に入る。


■Room5:会場は15×8.25×天井高6m
・作品素材:アズノイド・チタニウム(ピンク)
・2012年作
・高さ30×幅60×厚さ0.8cm
・作家蔵
明らかに今までで最も暗く狭い部屋に、板状の金属板が8点、一列に、かつ壁面に対し斜めに、また互いに角度をかえて立っている。一見板の厚みだけで立っているように見える。会場に入って右回りに、最も手前の作品の前を通る形で回り込むが不安定感はない。そのまま作品の周りを一周する。上部からスポット光のみが当たっている。作品上部、板の厚みの断面が、歩みに従って輝きの状態を変える。照明がやや黄色いのか、反射光が暖かく見える。入口近くにもどって係員に作品(板)は厚みで立っているだけなのかと尋ねる。係員は「中に糸(?)が入っていて、床の板で支えている。床は通常このようにはなっていない」と答える。気づかなかったが床がコルクボードで覆われていて継ぎ目が縦横に走っている。糸、と聞こえたので「棒状のものが入っていて床に刺さっているのか」と尋ね返すと「そうですね」と言われる。セラの作品を一瞬想起するが、思い浮かぶのは相違点ばかりになる。もう半周して、部屋の奥の片隅で床板を指先で叩いてみる。柔らかい感触。立ち上がり、室外に出る。


■Room5外の空間でビデオ視聴。
大型の液晶モニタが設置されていて、その前に座席が3つずつ、数列(4-5列?)置かれている。無線のヘッドホンが置かれている。前から二列目の椅子に座る。ヘッドホンをつける。画面には、まさにモニタが置かれている場所の横に座ってインタビューを受けている男性が映る。桑山氏の顔を初めて知る。インタビュアーが指摘したようで、桑山氏が後ろを振り返りそこから見えるらしい富士山を確認する。しばらくするとインタビューが終わり、また冒頭から映像が流れる。しかしヘッドホンから音声が出ていないことに気づく。映像では会場の設置風景が映る。Room4の係員が言っていたように、壁面に短い木材を打ち、レーザー水準器で水平を確認しながら作品が設置されている状態が見える。やはり音声が聞こえないので、最前列の座席に移りヘッドホンをかけ直す。桑山氏の音声が流れる。意外と話慣れてはいない感じの語りで、「空間」を作っていること、材料を検討している時が楽しいこと、過去の美術史に参照項がないと言われるのが不本意なこと、美術館という場所は良いと思っている事等が語られる。もう一度富士山のくだりが出てきてインタビューが終わる。ヘッドホンを外す。


■Room4:情報は前掲。
観客が先ほどより増えている。他の部屋より観客の存在が重要な(あるいは作品の見え方に影響する)展示だと思う。入口入って左手の、インタビュー中で今回作ったという壁と実際の左端の壁面の間の空間から係員らしき人が出て来て、そこを覗いてみる。思いのほか大きな空間で、別途作られた壁が作品の数から逆算されて設置されたのだなと思う。あまり作品に近寄らず会場を歩いてみる。しばらくしてまた作品間近により、歩いてみる。この方が、つまり目の近くに作品が接近している状態が最も作品の効果が最大化するなと感じる。表面が樹脂合板で側面フレームが金属である事は、それを知ってからだと了解できる。やはり歩くとかたかたと作品から音がする。地震のときどのように音が鳴り、作品が揺れるのか想像する。


■Room4の外にあるドローイングケース
ドローイングはけしてこの会場への設置と一致していない。ケース左手の図面は恐らくRoom5の作品の設置アイディアだと思えたが、放射状に、円形に並べるアイディアが記してあって実際の展示と異なる。右手の図面はRoom4の作品のアイディアだと思える。これは縦にかけた作品をずっと等間隔に並べるアイディアでRoom4の現状と齟齬がないが、空間全体の状態を記していない。他の会場にもあてはまるもので、どちらかと言えばコンセプトイメージに見える。図面にはサインがあり、これ自体作品として展示されていることを理解する。この展示は地震の影響をまったく受けない。


■Room3:情報は前掲。
ほんの少し立ち寄る。紙の質感がやや透明がかって見えたが、それが樹脂系の紙であることを知った先入観か、よくわからない。先の選挙で投票用紙に使われ、また宮城の画家の多田由美子氏がドローイングに使っていたユポ紙を想起する。やはり鉛筆の、描きの線が印象に残る。ドローイングケースにあった図面的な、均質な線よりも柔らかな鉛筆のように思える(それだけ「手の痕跡」という感覚が強いように思える)。


■Room1:情報は前掲。
作品表で素材名を知ったが、やはりイエローの作品は銅製に見えてしまう。歩くと瞬く感触は変わらない。というより、それこそがこの作品のあり方として強く規定されていることが了解できる。ゆっくり歩くよりは素早く歩く方が強く現象する。かなり足早に通過する。


■Room2:情報は前掲。
この作品は、Room1やRoom4の作品に比べ距離もかなり多様にとれるし、また空間を歩く速度も相当様々に変えられると再認識する。ビデオ映像で設置のプロセスを見たため、その壁への掛かり方にも意識が向く。最初かなりかっちり固定されているように見えた各ピースが、単に掛けられているだけだと知って、状況によってはかなり揺らぐのかと想像する。ここでも地震が来た時の見え方を考える。素材の色名を作品表で「ピンク」「イエロー」と知ったためか、紫に見えた作品が「ピンク」なのかと再認識する。「イエロー」にはやはりオーカー系の感覚を覚え、緑味も同様に感じる。


■Room1:情報は前掲。
通り過ぎる。作品を直視していない。視界の端を作品が流れていく。


■Room4:情報は前掲。
桑山氏が絵画から仕事をはじめたことを思い出して見直すが、Room4では絵画的な感覚を得る事がない。むしろ彫刻的な印象を受ける。墓石のようなイメージも想起するが、それは地面(床面)から浮いている。また作品に近づき、一つのピースの側面を改めて見る。フレーム金属と表面を成す塗装された樹脂合板の関係、およびそれが壁に「掛けられて」いる状態は確かに絵画の構造と同じである。だとするとこの作品の絵画性の消去は「細長さ」に起因するかもしれないと思う。歩いてみて、インタビュー中で桑山氏が言っていた「ずっと続く感じ」はすぐに終わってしまうな、と思う(作品の並びの始まり/終わりがすぐ視界に入るため)。それでも、僅かに続く「ずっと続く感じ」に、作品経験があるのかもしれないとも思う。


■Room5:情報は前掲。
Room1の作品と似た構造、つまり金属板の上面断面のみが光を反射し、側面が暗く落ち込んで上面の細長い輝きだけが宙に浮いている感覚に気づく。しかしここでは歩く速度がそれほど早くできない。狭く、また何らかの方法で固定されているとはいえ目にはかろうじて立っているだけに見える作品の周りはゆっくり歩かざるをえない。結果、ぎらりと若干のぎざつきを感じさせる金属断面の光の反射を、時には止まって、あるいは静かに歩いて観察することになる。また、この作品はRoom1と異なり、作品から距離を持つ事が多少効果を与える。結果として空間の狭さを意識する(広く暗い会場の中央にこれがあったらどうみえるかと想像する)。


Room5を出て、桑山氏の年譜を少し見る。左列に個展の記録、右列にグループ展の記録がある。自分の今の年齢のときの桑山氏の活動を確認する。Room4、Room3の前を通り過ぎる。Room1に向かうまでの暗く細長い通路の先に受付が見える。


■Room1:情報は前掲。
足早に通り過ぎる。


■Room2:情報は前掲。
以前東京のギャラリーヤマグチで見た桑山氏の作品を思い出す。Room2の、壁に掛けられている各ピースの「間」、格子状に見える壁面が浮き上がって見えて来る。注意書きに「作品の間を通ることはご遠慮ください」とあったことを思い出す。それは無論作品保護の注意喚起でもあるだろうが、ここでは「作品の間」は端的に「作品」であって、「作品にはお手を触れないでください」という指示の言い換えなのかもしれないとも思う。


■Room1:情報は前掲。
足早に通り過ぎる。


Room3、Room4の前を通り過ぎ、Room5の手前のビデオが流れている部屋から館外に出る。左手に低くなった太陽を反射して輝いている海が見える。展観を終える。