ウソが浮上させる本当

フタバ画廊で大出翔子展「劇団家族」を見てきました。
女性の作家本人と、その母親らしい女性がモチ−フのモノクロ写真が展示してあります。また、会場の片隅では、その撮影の模様を映したビデオが流れています。
写真の内容は、主に母親と娘の、日常の風景を撮ったもののように見えます。中に1枚、その母と娘がキスをしている写真があり、これも「自然」に撮られたものかと驚きます。

しかし、その驚きは撮影の模様を映したビデオで崩されます。この会場の写真は、意図的に撮られていることを暗示する内容なのです。二人の写真を写す過程の「お母さん、もう一回」「しつこい」などという会話から想像できるのは、キスをしてしまうほど密着した母娘でも、まったくの他人でもない母娘関係であり、キスをしている写真も、抵抗する母親を説得して撮影されたものだということが想像されます。

「劇団家族」と題された展覧会名や、ビデオによる「裏舞台の暴露」からも分かるように、この写真群には、「写真」という「真実を写す」と思われるメディアによって、いかに「ウソ」を演じるか、そしてそのウソを観客に信じ込ませるのではなく、逆に写真によるウソを開示していくかが仕掛けられていると言えます。そしてその仕掛けの一部に、「モノクロ写真」というものがあると思えました。

一般に、モノクロ写真は、そのプリント如何によっては強い質感を得ること、あるいはカラー写真が一般的になる以前の時代的背景から「リアリズム」を表象しているという観念があります。作家による手焼きプリントというオリジナル幻想も、その観念を強化していたかもしれません。しかし、その観念は、いまや失効してしまった感があります。カラー写真がごく普通のプリント方法となり、モノクロでプリントすることは、逆に相応の根拠を必要とする状況になりました。古い観念だけを根拠にモノクロでプリントされた写真は、むしろその安易さ故に、ある種の「ウソっぽさ」が際立ってしまうという事態が出て来たのです。

この大出翔子展「劇団家族」でのモノクロプリントは、その「ウソっぽさ」を逆手にとっていると言えるのではないでしょうか。けして厳密ではない焼き込み、印画紙のしわなどが目立つ展示などの「やすっぽさ」も、この演じられた写真、母娘関係の「ウソっぽさ」を補強しているように見えます。

しかし、この作家の手段が「ウソっぽさ」であったとして、でもその目的は単なる「ウソっぽさ」の表現にはないと感じられます。わざわざ演じ、わざわざウソっぽく見せ、しかもその舞台裏までもビデオで見せてしまうことによって、なぜか「なまなましさ」が浮上してくるという逆説が、この展覧会にはあります。恐らくもっとも「ウソ」度が高い「母と娘がキスしている」写真が、ウソをウソと言い立てた果てに、極めて強い調子で「本当」を写し出しているように感じられるのです。

その「本当」とは、「母と娘がキスしている」という光景が「本当だ」ということではありません。もちろんこの写真はギミックです。しかし、そんなウソの写真の中に、像としては写っていない「本当」の何か、形にできない「本当」の何かが浮かび上がっているように感じられます。それが何かを言葉にするのは、躊躇したくなります。そして、だからこそこの作家は、見え透いたウソを意図的に積み重ねていっているのだと思えました。

info
大出翔子展「劇団家族」
フタバ画廊
〜4/25まで 11:00-19:00 最終日は17:00まで
〒104-0061東京都中央区銀座1-5-6 福神ビルB1F
TEL&FAX:03-3561-2205
地図 http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=35.40.17.371&el=139.46.13.929&la=1&fi=1&sc=2