サトエリココちゃんの敗北

見てきましたよサトエリKo2ちゃん。http://www.tomiokoyamagallery.com/kaisaichu.html
会場に入って正面と左手壁面に、等身大に近い大判のプリントが並んでいます。オリジナル・Ko2ちゃんバージョンの他、セーラー服とかナースとか小悪魔とかに扮したサトエリ。右手壁面には中版サイズ。振り返って背後の壁面には小さいサイズのプリント。どれもシンプルかつしっかりした額入り。そして中央にはオリジナルのフィギュア・Ko2ちゃんがケースに入ってます。


で、感想ですが、素晴らしく作り込まれたサトエリKo2ちゃんは、資金面・人材面・技術面で総力戦をフィギュア・Ko2ちゃんに仕掛け、そして完敗しています。ぶっちゃけ、僕が数百万円出して買えるものなら、断然フィギュア・Ko2ちゃんを買うと思います。簡単に言えば、欲望が惹起されるのは−つまり、興奮を覚えるのはフィギュア・Ko2ちゃんなのです。


もっとも顕著にその特長が出ているのは、ナースKo2ちゃんの背中についている翼です。フィギュア版は、細い「針金」で背中に固定されていて、そこに「フィギュア」独特の「おもっちゃっぽさ」、「作り物っぽさ」を感じさせ、とてもチャーミングなのです。


女の子のプラモデルという、フィギュアへの原初的な欲動が、その「針金」からひき起こされます。サトエリKo2ちゃんには、その「女の子のプラモデル」感がありません。コスチューム・プレイとして独立して見るという見方もあるでしょうが、それではコンセプトが消えてしまいます。


キャラクターが人間に近付くという方向性は反動なのです。押井守氏がアニメで人間ドラマをやってしまう反動性を突き破るように、いまや「女性のキャラクター化への欲望」は進行しています。「生身の女性」が上位にあり、「キャラクター」「フィギュア」が下位にあるという構図は間違っているのです。いまや理想の女性美はBOME氏のフィギュアにあり、生身の女性はその肉体を恥じ、肌やプロポーションを制御し、化粧を工芸的なまでに高度化させ、場合によっては整形して、キャラクターに、フィギュアに近付いていく。「女性」の身体のメディア化。その倒錯した欲望を可視化させることこそが芸術家・村上隆氏の戦略でなければなりません*1


あの官能的な樹脂の肌の滑らかさがサトエリKo2ちゃんの肉体にはありません。ペイントされたマンガ目のペラペラ感がサトエリKo2ちゃんにはありません。書きあげればきりが無いのですが、フィギュアの魅力にひたすら近付こうとした人間サトエリは、衣装・照明・メイク・画像補正・出力管理と、考えられる全ての武力を投入してなお、やはりBOME氏のフィギュアにはかなわなかったのです。


僕が戦術的にもっとも疑問に思ったのは、サトエリKo2ちゃん本体というよりは、その周辺物の「小物」です。例えばセーラー服のサトエリKo2ちゃんの持っている学生カバンは、本物が使われています。なぜこれを樹脂で作らなかったのでしょう。猫しっぽにしても、なぜ実際にフサフサした毛で作ってしまったのでしょう。フィギュアの魅力に拮抗するには、サトエリは生身の肉体という、あまりにも巨大なマイナスポイントを抱えています。それならせめて、小物はフィギュアと同じ素材、もしくはプリントした時にきちんとフィギュアっぽく見える素材で作り込むべきだったのではないでしょうか。実際、リボンはそのように作られています。ということは、ここはツメの甘さを指摘せざるをえません。


写真の撮影自体にも疑問があります。被写体深度を調整して「スケール感」を調整し、おもちゃっぽく見せる技術は、先日までレントゲンヴェルゲで行われていた長塚秀人氏の風景写真で実現されています*2。よりによってレントゲンヴェルゲですよ?村上隆がまさに美術界に切込む切っ掛けとなったレントゲンヴェルゲですよ?ここは断然、長塚氏を技術顧問に迎えるべきではなかったでしょうか。風景と人物では話が違う、というのなら、少なくともアングルやレンズは考えるべきです。大きなスタジオで、俯瞰で望遠で撮るくらいのことはしてもよかったのではと思います。


敗北すること自体が目的だったという考え方も可能かもしれませんが、僕は村上隆氏の芸術家としての誠実さを信じる者です。彼はあくまで対象物に対して正面突破を試みた筈です。本気で人間をフィギュアにまで「高めたかった」筈です。惜しい。ぼかぁ悔しい。悔しいなぁ。じだんだ。

この敗北を機に、村上氏は絵画に帰還してほしいです。
とまぁ、本当に言いたかったのはこれです。ふう。あ、言っておきますがこの「負け戦」の記録は見るに値しますよ。興味あるなら会場へGO! 実物見ないと。

info
村上隆展「サトエリKo2ちゃん」

*1:厳密には、男性−キャラクターとしての女性−生身の女性というヒエラルキー、及びそこにある支配/権力/暴力構造の可視化

*2:参考:http://roentgenwerke.com/2004/nagatsuka04_j.html