おいらが銀座のメゾン・エルメスに行ったと思いねぇよ。別段お揃いのティーカップ買いに行ったわけじゃないよ。8Fギャラリーでやってるスゥ・ドーホー展見ようと思ったんだよ。


エルメスだよエルメス。高級ブランド店のエルメスだよ。おめー、びびるっつうんだよ。普段は全然用事ないし。縁ないし。銀座のド真ん中に立ってる地上11Fのビルはあの沈む空港として有名な関西国際空港デザインしたレンゾ・ピアノが、無駄に豪華に全面ガラスブロックで作っちゃった有名建築だよ。陽も落ちた都心にキラキラ光ってる正面入口には、なんか全身黒尽くめのナイスなイケメンがドア番してて、客がくるたんびにわざわざドアの開け閉めしてる。おまえはホストか。ここは高級クラブか。


対するおいらはズダ袋みたいなリュックにユニクロのジャンパ−に絵の具ついたズボンで無精髭。別に銀座でなくても十分怪しい。電車に乗っても周辺に空間ができる。姿勢悪い。チビ。戦えねぇ。戦えねぇよ。店の前でおじけづいてウロウロしちゃったよ。危なさ倍増。結局数名のスーツ男集団がエルメス店内に吸い込まれていくのを見計らって、後ついて入っちゃった。なんか自動改札が新宿に出来た時にキセルしようとした時の手口っぽい。え?や、冗談すよキセルなんて。ええ。


で、店内だよ。入口すぐはスカーフの棚。いかにも「社長と愛人」みたいな年齢差のカップルが店員に何枚も布切れ広げさせてやがる。なんだ?同伴出勤か?右手の時計の陳列棚には比較的若いカップルがたかってる。つうか、明らかにおいらより年下。なんだお前らそのコンサバティブなカッコーは。てめー社会に出て何年でこんな店来てるんだ。100万年早いよ。あーさりげなく腕組むな!なまじきちんとしたカッコしてるせいで、かえってイヤラシーぞ!コンチキショー!


うつむきながらキョロキョロするという我ながら複雑な挙動をみせながら、おいらは店舗内一番奥のエレベータに向かう。そこで鼻腔をくすぐる濃密な香り。そこはあれだ、香水売場だ。なんかお上品そうなマダムが店員と話してる。思わずいらない妄想膨らましそうになったが、ここはそそくさとエレベ−タの「↑」ボタンを押す。早くこい、エレベータ。おいらをこの(心の)地獄から引き上げてくれ。


来たよエレベ−タ。乗ったよエレベ−タ。閉まったよ扉。押したよ8のボタン。


あれ?


しーん。


8のボタンが無反応。光ってくれない。ベーター、微動だにせず。ぜんぜん上に行く気配なし。


なんだこの間は。ギャグがすべった時みたいだぞ。慌てて8のボタンを連打。連打連打連打。名古屋撃ち。あ、ナウなヤングには通じないな。まぁいいや。とにかく、おいらを天上へとつれて行ってくれるはずのエレベータが動かない。もうどうにも動かない。やけに静まり返ったステンとガラスの箱はピクリともしない。沈黙。


汗がにじみ出てきた。エルメスは何か?ベーターまで人を選ぶのか?おいらのような無精髭ユニクロ野郎(チビ)なんぞ乗せて上がったり下がったりしたくないってか?上等だ!お願いだから動いて下さい土下座。こんなところに人が来たらどうすんだよ。さっきの高級マダムだの社長カップルだのが来ちゃったら、ムサイかっこのヤローがどこにも行こうとせず

  • ただエルメスのエレベータに閉じこもって脂汗をかいている。

という、とってもシュールな光景を見せてしまうことになるぞ。なんか、それって吉田戦車っぽいじゃん。
「店長、ベーターに動物が入ってます」
「なんでベ−ターに動物が」
「いや、自分わからないっす」
「お前、ちょっと動物追い払ってこい」
「え、動物追い払うんですか」
みたいな事になりはしないか。おいらはカワウソか。人として扱われないのか。


とりあえず「開」ボタンを押して外に出てみる。エレベータ脇の展覧会案内表示を見ると、間違いなく8Fでスゥ・ドーホー展はやってる。変だなーと思って、2つあるエレベーターの、もう片方を呼んでみる。乗ってみる。8を押してみる。反応なし。動かない。やっぱり連打。やっぱりうごかない。どうなってんだー。


そうこうしているうちに、恐れていた事態が訪れた。おいらが住んでる埼玉ではお目にかかれないようなキレーな女性が来てしまった。とりあえず「開」ボタンを押す。汗はひかないが、表面的にも「普通」を目指さなければ。そう思って「今扉が閉じたんだけど、人が来たから親切で開けましたよハハハ、僕って気が効くナイス・ガイでしょ」てなそぶりで対応する。完璧だ。とりあえず完璧だ。と思ったら、その女性が一言言う。


「あ、けっこうです」


何がけっこうなんだ!普通乗るだろ!大宮ルミネじゃそうだったぞ!それともなにか!おいらの「どことなく変」な空気に気づいたのか!?そうなのか!?そうなんだ!そうに違いないんだ!うわーん。


泣いていられない。ここで怪しまれない為には「そうですか」とさりげなく扉を閉じ、上へ上がらなくてはならないのだ。しかし、相変わらず8Fボタンは反応しない。どうしたら、ああおいらはどうしたら。


しかたがない。おいらは半分なげやりになって、「4」を押してみた。ちゃんと反応した。緑のランプが4を輝かせ、扉はスムーズに閉じ、音もなくエレベーターは動き出した。怪訝な表情をしていたに違いない女性を残して。ふう。一命はとりとめた。しかし、なんなんだこのエレベーターは。不審者を検出して8Fには連れていかないようにしているのか。こうなったら店員に問いつめるしかない。見てろよスーパー・クレーマーになってやる。


ちーん。4F到着。ぜんぜん用事なさそうなフロア。だれもいないのかと思ったら、ちょっとだけ遠くに店員らしき男性が見えたので、おいらは堂々と声をかけてみた。


「あの〜、あのあの、あのすいません、ははははは8階に行きたいんですが、いや展覧会みに来たんですが、ななななんか、このエレベータ、8階に行ってくくくくれないんですが」


あざやかな笑顔で、その店員はこう即答した。


「8階の展示は、入場が午後6時30分までとなっております」


現在時刻、6時38分。



    _| ̄|○



ぐっばいエルメス


ps.その後、腹いせに秋葉原行って秋葉館で内蔵ハードディスク買っちゃいました。バラクーダ製120G。いやこの買物のスムーズなこと。やっぱおいらにゃ秋葉だよパーツ屋だよ。

スゥ・ドーホー展のリベンジはいずれ。気力が回復したらね。