倉持幸子展

ART TRACE Galleryで倉持幸子展を見てきました。
油絵の展示です。大型の作品が4点、小さい作品が2点で構成されていますが、今回はギャラリーに入って正面、カウンターの隣にある壁面にかかっている、サイズでは最も大きいと思える作品について書きます(URLは以下。このページの作品画像は今回の記述の作品とは違うものであることに注意http://www.arttrace.org/gallery/member/kuramochi.html)。


縦が1メートル60センチ?程、横が3メートル程度の自作のパネルにキャンバスが張られていますが、作品右辺が切り取られています(右下には一度のこぎりの刃を入れて途中でやめた「ためらい傷」のようなものがあります)。作品制作の途中か最後に画面をトリミングした可能性があります。


絵の具の層は厚みがあります。画面から伺える範囲では、下層に青と黄の層があり、その上から白と黒を混色した明るいグレーの層が全体を覆い、画面中央部付近には、さらにその上から透明度の高い、やや黄色味を帯びた、植物油と思えるニス状の幅の広いストロークがのせられ、数カ所に下層にあったような青と黄の絵の具が、点々と散っています。画面左下と右1/3付近には、もう一度グレーの絵の具がのせられています。


会場入口左手の作品は、右上から左下に抜けるタッチで画面が埋められており、他のグレーの作品も比較的タッチの性格が統一されていますが、この作品のグレ−の層のストロ−クは規則性があまりなく、幅の広いランダムな痕跡を残しています。絵の具のつやも不均一ですが、画面中央に広い面積で残されたニス状の部分のつやは際立っています。


グレーの絵の具はやや青みを帯びてかんじられます。ジンクホワイトが使われているのかもしれませんが、定かではありません。黒の顔料に植物炭が使われている可能性もあります。いずれにせよ結果的に、わずかなブルーを帯びた冷たいグレーの隙間から下層にある有彩色が覗き見えたり、上に小さく散っていたりする画面になっています。


鮮やかな青と黄を下に押し隠していこうとする無機的なグレー、その上に再び散らされる色彩や体液的な有機性を感じさせる透明な面、そしてそれらを更に押さえていこうとする左下・右1/3のグレーといった具合に、対立する性質の絵の具(層)が交互に重なり、ある種の不協和音を発生させています。身体的なストロークやタッチが露であると同時に、グレーの、金属的にも思える質が、ペインタリーな作品にみられがちな「あたたかみ」を打ち消していこうとします。画面内に観客の視線を吸い込ませるような空間がないことから、鑑賞者は一瞬視線を跳ね返される感じを受けますが、しかしタッチの間に見えかくれする重層的な絵の具の層が、改めて視線を画面の「奥」に引き寄せます。


倉持幸子氏のこの作品は、一見オールオーバーなグレーの絵でしかないように見えますが、絵の具という物質の性質を「馴染ませる」ことなく、ぶつけあい、観客の視線を観客と画面の間を何度も反射・往復させるようなものにしています。他の展示作品中、キャンバスの両側を木材で挟んで画面を拡張し、ほぼ黒に近いような地に極端にコントラストの高い黄色い絵の具を乗せたりする作品が1点だけあったりするなど、思考が単一の方向をさしているわけではありませんが、いずれにせよ、絵の具なり、パネルや木材といった基底材なりの、絵を形作る「物質」に対して、独特の感受性をもった作家だと思えました。


●倉持 幸子展