ギャラリー21+葉で行われている、上野恵利展について。


油絵が2点(うち1点は2対で構成)、アクリルによる水彩的作品が12点、リトグラフ3点が展示されている*1。油絵は画布が木わくに張られることなく、上下にバトンをつけて紐で吊るされている。水彩的作品は紙に描かれている。アクリル画リトグラフは共に額装されている。全体に、薄く溶かれた絵の具で大きな編み目状に描かれたものと、崩れた渦巻き様の形象が描かれたものが目立つ。他にもアメーバー状に不定形な形態が描かれたもの、植物の葉のような形が放射状にあるものなどがみられる。


上野氏の特質は絵の具の透明感にある。アクリルによる水彩的作品に特徴的だが、薄い絵の具が幾層かベールのように重ねられながらも乾燥がコントロールされることで混色がおきず、濁りのない画面となっている*2。色彩は会場全体では緑、青、オレンジ、紫と多彩に見えるが、個々の作品は同系色でまとめられたものが目立ち、複数の色彩が使われた場合でも2-3色に限定されていて、ここでも小画面で鮮やかを保ち色の混濁が起らないように制御されている。一見奔放に、見ようによっては「自然に」描かれたように見えるこれらの作品は、しかし極めてテクニカルに描かれており、美術史に対しても意識的な作家だと思える。


油絵の大型作品は、特に2幅で1点となっている作品で不透明に絵の具が重ねられ、アクリル画の印象とはかなり乖離している。もう1点の、紫1色で馬蹄型にキャンバス地を抜いている作品は、その空白によって「抜け」を作ろうとしているが、やや画面が単調になり模様めいてしまっている。しかしその編み目様の形象と、木わくに画布を張らない基底材の提出によってシュポール/シュルファスのクロード・ヴィアラをダイレクトに想起させる構造は、この作家の、絵画に相対する意志をもっとも明確に示している。浅い見方によってこの作家を「感性だけで描く画家」と判断するような者には理解できないかもしれないが、上野恵利氏はどこまでいっても意識的な作家なのであって、確かに今回の作品は成功してはいないものの、逆にこの画家の可能性をもっとも予見していると思える。透明度の獲得ということならばメディウムの活用や画布の選択など様々な検討可能性が残されているが、あえて「不透明」を選択したのかもしれない上野氏の戦略は、もうしばらく見定める必要があると思える。


現時点で、上野氏の透明感という特質と構築への意志をバランス良く成立させているのは3点のリトグラフだと思える。1色、あるいは2色で大きな編み目を描いたこれらの作品は、しかし実際には5版から6版が重ねられており、その多層に重なったマチエールが、やはり濁りを見せず、版によってある種の「生っぽさ」を消し色彩だけが立ち上がるような効果を上げている。このリトグラフで注目すべきは、編み目の抜けている部分が紙の地ではなく白のベタ版によって、紙のトーンよりわずかに明るい不透明な基底層として作品を支えている点であり、このことによって透明感を損なわずに抵抗感を得るということに成功している。ただし、上野氏の翼はあくまでペインティングという方向に向かって伸びているのであって、そのプリントの工芸性に目を奪われるあまり上野氏の「意志」を見失ってはならない*3


●上野恵利展

*1:バックヤードは未確認

*2:一度乾燥すると上塗りされても下層が溶け出さないアクリル絵の具が使われていることに注意

*3:版画のプリントは工房で行われていると思える