森美術館完全?レビュー#2

草間彌生展「クサマトリックス」(ネタばれ含む)

ここからの文章は、展示におけるネタばれを含みます。初見の驚きを大事になさりたい方はご注意を。

こんな文章を読んでる方なら、六本木ヒルズ敷地内に足を踏み入れたとたん気が付くと思うのですが、会場に入る前から「クサマトリックス」は始まっています。そこここに、草間彌生のトレードマークである水玉(赤地に白抜き)のバルーンが浮遊しているのです。結論じみた言い方ですが、完全に遊園地です。このバルーンを見て「あ、村上隆だ」などという大ボケをかましているバカチンがいたら、キアヌ・リーブスになりきって後ろから「なぜ気づかない」とささやいてあげましょう。

「クサマトリックス」の入口は、意表をついたところにあります。エレベータで上がった場所から、半周は回らないとたどりつかないのです。必然的に展望台のパノラマを見てからの入場になります。先述の通り、この展望台ではアルコール類を含めた飲み物が売ってますが、下手に酒を呑んで酔っぱらい状態で会場入りすると、間違いなく後悔します。はっきり言って、食道に込み上げてくる酸っぱい目眩が押さえられなくなること請け合いです。

会場に入ると、まずあるのは某横浜トリエンナーレで見かけた「水玉ミラールーム」です。通路両側の壁面が鏡になっていて、水玉の無限増殖が体感できる・・・はずなのですが、横浜と同じで鏡の設置精度が若干甘く、歪んでいるために綺麗な対鏡にならなくて、微妙に歪んだ無限増殖になってます。個人的には、がっちり完璧な鏡設置を施してほしいと思うのですが、この歪みに現代社会の病巣が表現されているのやもしれず、悩ましいところです。

あまりネタばれしてしまってもつまらないので、詳細な記述は避けますが、一番楽しいのは暗闇にミラールームを設置して、そこに豆電球がばーっと吊るしてあるセクションです。暗いため鏡の設置精度がそれ程気にならず、微妙に明滅し、観客に当たってゆれる光の無限増殖は、単純に美しいです。いきなり暗いところに入り込んで、体にまとわりつくたくさんの豆電球に右往左往する他の観客を見て微苦笑するのも、また一興です。

これだけはどうしても書いておきたいのですが、コース後半にある「巨大スクリーンの中で歌う草間彌生」の展示は、きちんと足を留めて、最後まで「拝聴」してください。大きく投影されたこの顔(http://www.mori.art.museum/contents/kusamatrix/information/index.html)が、音程など一切気にせず歌う「マンハッタン自殺未遂常習者の歌」「君は死して今(亡き父母に捧ぐ)」−作詞・作曲・草間彌生−は、泣く子も黙るというか、黙ってる子も泣き出すというか、心底恐ろしい展示です。物見遊山で来たヤワな観光客どもの弛んだハートをわしづかみにしてH2Aロケットで自爆させるような作品です。草間彌生自身が、パンフの中で「聞いていただきたい」と声を大にして言及していることからも、ここが今回の展示の山場であり、正直単なる「見せ物」に近いところもある他のパートとの比較をするならば、白眉といえる秀作です。

実際、なにかと展示の前でダマになって立ち止まる観客のほとんどが、この現場は足早に通り過ぎてしまいます。上記の、草間彌生の心の叫び(冗談抜きで一読の価値ありです)が記されたパンフすら、手にとらない人が大多数なのです。ここで、この恐怖に対峙できるかどうかが、あなたが芸術と向き合う精神力をもった人間か、単なる大衆という名のブタかを分ける分水嶺です。時間がゆるすなら、数回繰りかえして見るべきものです。ただし、その結果
1.連れて来た恋人・友人・子供に嫌われる
2.帰宅してから眠れなくなる・あるいは悪夢にうなされる
3.あなた自身が草間彌生と化し、一生を水玉を描き続けることに捧げてしまう
といった副作用に見舞われても、当方は一切責任を負いません。

トータルで見た印象は、ズバリ「お化け屋敷」です。ただし、単なる子供騙しと思わないで頂きたい。「歌う草間彌生」には、以前某所で行われた「森万里子」展で、いい加減な踊りと歌でイージーな日本趣味を演じてしまった六本木ヒルズオーナーの親族には到底達することができない凄みがあります。この作品が体験できるだけでも、1500円の価値があると言っていいでしょう。
過去の草間彌生の、代表作のいくつか(絵画を中心に)も併せて見たかった気がしますが、それは贅沢というものでしょうか。途中展示されている絵画1点は、個人的にはとても好きでした。

明日から、「六本木クロッシング」展の全作品コメントを開始します。