「再考:近代日本の絵画」展メモ(1)

うひゃー。
東京芸術大学付属美術館と、東京都現代美術館の2つの会場を歩きながら、僕はそんな声を何度もあげそうになった。うひゃー。
感動の声?いやいや。罵倒の声?ノンノン。ただもう、身の置きどころがないというか、どう反応していいのか分からない動揺に襲われて、半分泣き笑いみたいな感じで、うひゃー、と言うしかなかったわけです。


アジア人たる日本の女性を、マネ風に描いてしまう恥ずかしさ。「ついに歴史画を描くことができる」とレオナール・フジタ(凄い名前だ)を歓喜させた「戦争画」のグロテクスさ。次から次へ、出るわ出るわ。西欧近代を、後から追っ掛けて、上っ面だけサルマネしながら、ようやく何かしら身に付けたと思うと、もう次の波が押し寄せてくる。印象派が、フォーブが、シュルレアリズムが、構成主義が、ポップが、繰り返し日本の海岸を洗い続ける。そのたびに、大慌てで「勉強」し、その成果を発表しては、また1からやりなおす。泥縄式に、うすらみっともなく右往左往してなんとか歩いてゆく。


明治20年代に、まがりなりにも「内面」を獲得してから、しかし真の近代化には失敗して大平洋戦争を経験し、なりふりかまわず「高度成長」にまい進した戦後まで、この「日本の近代美術」の「恥ずかしい歴史」は延々と続いてる。そして、それが妙に権威づけされて展示されている。個々の作品も、その作品の評価の基準も、そして展覧会自体の構造も、すべてひっくるめて、僕は「恥ずかしかった」。


でも、なんで「恥ずかしい」んだろう?それは、単に笑いとばせば済むものなんじゃないだろうか。なにしろ僕は、2004年に生きている。雑誌なりネットなり、いろんなメディアで海外の情報はいくらでも得られる。本だってたくさん翻訳されている。ちょっとその気になれば、明治期や昭和期の人々とは違って、高度な情報と知識を、たいした時間差なく得られる。昔みたいに、過剰な西欧コンプレックスに陥ったり、その裏側でナショナリズムに溺れたりすることもない。


場合によっては、日本と言うローカルな場所の「恥ずかしさ」を利用することだってできる。ポスト植民地主義を逆手にとって、白人の期待する「奇妙な黄色人種」の「奇妙な文化」で奇襲攻撃もかけられる。磨きに磨いたテクノロジーで、西欧近代を「乗り越える」ようなインタラクティブ・アートも作れる。自由自在だ。慣れない油絵の具で、そぐわない極東の風景を苦心惨憺描いていた、ドン臭い「近代美術家」たちの遺物なんか、どうだっていい。参照するったって「ネタ」としてだけだ。そんな気になる。


実際、1970年代以降の「現代美術」は、その前の「近代美術」に比べて、そんなに「恥ずかしく無い」。恥ずかしい作品だって、上で述べたように、十分意図的に「日本の恥ずかしさ」を扱っていて、僕達はそれを作家と一緒に「恥ずかしいね」と言い合える。そしてそのような場所にいる自分達は、恥ずかしさからまぬがれられる。経済成長で、僕達は豊かになった。マネーだけじゃなく、情報も知識も以前とは比較にならない程もっている。僕達は「国際化」したんだ、そう言ってしまいたくなる誘惑にかられる。


でも、それは本当なんだろうか。海外で、つまり「西欧」で評価される「国際的」美術家もたくさん出てきて、「一人前」になった僕達は、もう「恥ずかしさ」から無縁でいられるのだろうか。近代化を終えた西欧と「近代を超克した」日本は、ピタリと一致して「同じ場所」で、心地よい共通項を前提にして「対話」できているように見える。世界水準なんて言葉が堂々と語られ始めて、ずいぶん経つ。なにも恥ずかしがることはない。恥ずかしさは、笑えばいい。でも、それは本当なんだろうか。


続きます。