ブリヂストン美術館「印象派と20世紀の巨匠たち」(2)

ボナール「ヴェルノン付近の風景」について。ほぼ正方形のキャンバスに油彩で描かれている。カタログによれば、63.4cm×62.4cmで1929年の作品とされている。


画面一番下に、近景となる地面がある。左下から右中程に向かっていくつかの高低を経ながら伸びてゆく地面は、黄味の混ざった緑の中に所々いくつかのブロックに分かれてオレンジ、紫、黄色などで斑点が置かれ、花のような印象を与える。画面右下のオレンジの斑点の周囲には、地の白のまわりに緑で円が描かれ、こんもりと盛り上がった花壇のようにも見える。その左にはやや濃い緑に囲まれて紫の斑点があり、それが右上に向かって伸びてゆく。この伸び方は一定でなく、画面右辺に近付くにつれて急激に上昇する。


この上昇する緑はそこに立つ樹木へと続き、画面右辺中央やや高めの位置から、真横に伸びて枝と葉になる。この左に伸びた枝は地平線の緑へと連続する。この緑は再び右辺へと折り返し、画面右上にかなりのボリュームをもった葉の固まりを作る。この色面はキャンバスの右上のコーナーを1角とする四角形となる。この四角形の左辺は小枝を示すギザギザとなり、長めに突き出た緑は地平線上の空の青の中に浮ぶ雲の輪郭と呼応する。


雲は絵の具の白とキャンバスの地が露出した部分を、黒の直線的な線で輪郭を示される形で描かれる。右上の小枝を示す緑の突起のすぐ左側に、角度をほぼ同じくしてその雲の輪郭を示す線があり、この線がもう一度反復され、画面左の植物に接続される。画面左上にできた三角形は濃い青色が置かれている。


この画面左の植物は細い枝から生え下がる大きな葉の重なりとして描かれる。雲の輪郭と接続した枝は、ゆるいうねりを見せながら左下に降りてゆき、画面左辺に接する。その枝から大きな葉が何枚も垂れ下がり、さらにその下からも、やや鈍い角度で枝がのびる。この枝と葉はやがて終点で垂れ下がり、地平線に接続される。


この枝あるいは葉は、濃い色で線が描かれ、そこに褐色あるいは緑の色がのせられ、更に白をまぜこんだ明るい色が乗せられている。その結果輪郭がぼやけ、複雑な色の重なり、グラデーションを見せる。この葉の褐色は地平線の下に、地平線と平行して走る地面の褐色とやや呼応していて、より鮮やかな色となって現れ画面中央を横切る。その更に下に青、白およびキャンバスの白地で川が描かれ、これが中景となっている。


全体に画面下から前景の地面、中景の川及び対岸、遠景の空という空間を左右の樹木が挟み込むという構図になっているが、この「ヴェルノン付近の風景」という作品の複雑さはそういった奥行きとは異質なものをいくつも画面内に作り出していることによると思える。例えば画面両脇から伸びた植物は切れ目の空の雲の線と連続して上部に大きなアーチを描こうとしている。この動きは画面中段でもくり返され、画面中央を横切る地平線は左右の枝と接続している。画面下の地面は上部のアーチとは反対に凹みながら右辺中程に伸び上がっていく。結果として真ん中に横線が走った円構造あるいは八角形がほぼ正方形のキャンバスに内包されているように見える。


しかしこのような構成は図式的では決して無く、むしろ個々の植物、空、川、大地を作り上げる細かいタッチや色彩の上に浮遊するようにある。左右の樹木は全く性質の違った絵の具の乗せられ方をしており、表情の強い対比を見せる。同時にこの2つの樹木は色彩やタッチを川の対岸や地平線と呼応させあっており、右上の葉及び左中段の葉はそれぞれの対角線上にある地面(花)や地平線と接する空の一部などに転移や反響を見せる。空の雲の白、またそれを映す川の白はキャンバスの地と白絵の具の双方が使われ、その質の並列が目立つが、キャンバスの地は右下のオレンジの点の周囲に残るなど画面内に散在しており、白のバリエーションの一部としてだけあるのではない。


上で析出したような円環に注目したとたん、その円環がただちに多様な違い(例えば絵の具ののり方の違い)や他の関係性に分解する。そこで新たに見えた関係も、同様にそれだけを取り出せばただちに分解する。「ヴェルノン付近の風景」の絵の具にはほぼツヤが無く(油を多く含まず)、タッチは多様な動きをみせながらもぼさぼさとしているが、その事がむしろ花や木や空や水や土といった個々の要素を溶け合わすこと無く、全てが固有にありながら多岐に関わりあうという「乾いた豊かさ」を成り立たせている。