観光・イタリアルネサンス(20)
●カルミネ教会・ブランカッチ礼拝堂
サンタ・マリア・デル・カルミネ教会で、ブランカッチ礼拝堂。このエントリも前後している。「観光・イタリアルネサンス」の最初のエントリに書いたけど、順番的にはサンタ・クローチェ→サン・スピリト→カルミネ教会→ピッティ宮と歩いている。
カルミネ教会は、ほとんどブランカッチ礼拝堂壁画「聖ペテロの生涯」のために解放されているようなもので、内部にある受け付けで入場料を払ったら、まっすぐこの礼拝堂に通される。祭壇を望む椅子の列の奥、身廊本体のほうにはロープがはられ、行く事ができない。簡素な棚にイタリア語だけでなく各国語に訳された「聖ペテロの生涯」の解説シートが置かれていて、この場所だけが観光客用に隔離されている。
1427年頃に、最初制作を依頼されていたマゾリーノがブダペストに行ってしまったためマザッチオが引き継いだという「聖ペテロの生涯」は、更にマザッチオの急逝以降、フィリッピーノ・リッピによって完成されている。13世紀に描かれた「カルミネの聖母」の板絵を取り囲むように、教会壁面に描かれたフレスコは、正面板絵脇、側面、側面手前・礼拝堂入り口のはり出した部分をそれぞれ上下2段に分け、左右対象にあるため全部で12面あることになる。
洗浄作業が近年あったらしく、画面は経過した時間を感じさせない。フレスコの語源どおりフレッシュだ。ことにその色彩、オレンジや朱の発色はつい最近描かれたかのようだった。壁面はたわみがあり、けして平滑ではない。服のドレープのグラデーションなどは、画面上で絵の具がまぜられたタッチがわかりそうな程生々しい。このグラデーションによるトーンの構築は柔らかで、そういった階調が画面全体の、静謐な印象を形作っているように思える。登場人物の衣装が彩度の高い色をしながら、装飾はあまりないのは、この階調、グラデーションによるトーンの構築を生かすためのように見える。
このトーンの作られ方が意識的であるのは、画面中の光源と、実際の礼拝堂の光源の位置がきちんと合っていることからもわかる。具体的にいえば、礼拝堂向かって左の壁画群は画面右手からほぼ水平に光りが差しているように描かれ、反対側は画面左手から同様に光が差している。すなわち礼拝堂の中央に置かれた「カルミネの聖母」の板絵がこの壁画群全体の光源としてあることになる。礼拝堂そのものの現実的な光源も「カルミネの聖母」直上にある窓であり、そこからの光で満たされている。夜間であれば、おそらく「カルミネの聖母」前に燭蝋がおかれ、その光に照らされた金地の聖母像が、まさに「光源」として、より明瞭に浮かび上がることになるのだろうが、いずれにせよ「聖ペテロの生涯」は、その高名さから考えると意外な程、礼拝堂の有り様に従っている−というよりは、この壁画群によって、礼拝堂全体で信仰の中心となる「カルミネの聖母」が事後的に輝くようデザイン(設計)されることになる。
このような、周辺の場面の意識的な構築によって、中央に置かれたメイン・モチーフが“遅れて”浮上するという構造は、サンタ・クローチェ教会におけるジオット「バロンチェッリ祭壇画」(参考:id:eyck:20060209)でも見ることができたけれど、このブランカッチ礼拝堂「聖ペテロの生涯」の特異性は、これらが複数の画家の手によって描かれ、組み合わされてある所にある。別の言い方をすれば、複数の画家の手による断片が、有機的に組み合わさり一つのユニバースを形成している。「バロンチェッリ祭壇画」が、はっきりとジオット一人の意思によってゼロから作られている(それは、礼拝堂から違う場所に移されても完結している)のにくらべると、ブランカッチ礼拝堂壁画は、まず事前に最も重要な部分に13世紀の「カルミネの聖母」の板絵を“組み込む”ことからデザインを始めている。
この、様式的に古く、必ずしも板絵として最高のものとは言えない*1「カルミネの聖母」は、しかし恐らく強い信仰の対象としてあり、周囲を囲む「聖ペテロの生涯」は、この「カルミネの聖母」と、いかに関係を結ぶかを最初の課題として設定したと見える。「聖ペテロの生涯」では、「カルミネの聖母」を一つのユニット、光源という機能を持ったモジュールとして扱うことで全体を組織化したが、恐らくはこの最初の、ある部分をモジュールとして、独立したものでありながら全体のネットワークに組み込むという発想が、結果的に3人もの画家が携わることになった壁画全体の製作を、相互に関係をもつプランとして成立させた要因になっていると想像できる*2。
このような、時代的に古いながら安定した機能を持ったものを、より新しく大規模なシステムの一部としてモジュール化して組み込むという発想は、デジタルデバイスの更新やコンピューター・プログラムの発展過程においてよく見られる形式だが、ブランカッチ礼拝堂は個々の場面の自然主義的な描写の革新性もさりながら、礼拝堂全体の組織化においても十分以上に“フレッシュ”なものとしてある。また、モジュールによる組織化ということならば、近代建築におけるコルビジェやメタボリズム、アーキグラムなども連想されるが、恐らくは古代ギリシア、ヘレニズム期建築における、個別の建築のテラスによる組織化の試みのほうが構造的には近いと思える。