直島・ベネッセアートサイト(8)(最終回)

直島で使われる「サイト・スペシフィック」という言葉は、どこかカッコ付きではないかと思わせるものがある。とりあえず野外作品に関して言えば、その「サイト・スペシフィック性」が希薄だ。なんとなく前の記事での草間彌生の「南瓜」が流されてしまった話しに現れているが、直島にある作品は、実は「所在地」はここでなくてもよかったものがけっこう見受けられる。「南瓜」は草間が多く作っているオブジェの一つだと言えば言えるし、ニキに関しては純粋に商品として移動してきたものだ。大竹伸朗やウオルター・デ・マリアの作品は、確かに来歴を考えれば「ここで作られた」作品だし、ベネッセアートサイトに言わせれば「この場所なしではありえない」ものかもしれないが、しかし実作を見た印象では、「シップヤード・ワークス 船尾と穴」などは、他の土地の海岸であっても原則的に成り立つ。


周囲をほぼ覆ってしまったウオルター・デ・マリアの作品も同様だろう。もちろん「サイト・スペシフィック」というのは、けして近代以前のような、特定の場所と強固に結びついたものへの再帰ではなく、一種の浮遊性が元にある、作品と観客との意識上での「出会い」の「場」が要請されるというようなものだと思う(多くの「サイト・スペシフィック」な作品と言うのは、実際にそこにいかなければいけない、というよりは、ほとんどが写真や映像などの記録で伝播するものだったりする)。そういう意味では、直島の屋外作品もそれなりに「サイト・スペシフィック」なのかもしれないが、しかし僕が「希薄」だと思うのは、そういう水準を含めた上でのことなのだ。


ぶっちゃけて言えば、ここにある作品の多くがサイト・スペシフィック云々と言いながら、ほとんどそれがアート・リゾートとしてのアリバイみたいに見えるということで、有り様としては下手をすると「箱根彫刻の森美術館」とかを連想してしまう。ベネッセアートサイト全体で見たら、地中美術館のように徹底したつくり込みがある迫力を産んでいるところもあるし、家プロジェクトのように、いわばここまでの“歴史”によって「根付いた」と言っていいものもあると思うが(「サイト・スペシフィック」というのはけして「根付く」とかいうものではないが)、少なくとも屋外作品に関しては、ちょっと「サイト・スペシフィック」という言葉が便利に使われている気がした。


面白かったと言いながら全体になにかとケチをつけているようなエントリになってしまったが、ベネッセアートサイトがアート・リゾート(という言葉があるのか知らないのだが)として良くできているというのは本当だ。箱根彫刻の森美術館を連想してしまう、という言い方は誤解を招くかもしれない。トータルな質としては比較にならない。美術的に先鋭化していくというよりは、ビジネス面も住民との関わりという所も上手くバランスをとっていて、こういうアート・マネジメントがこの規模で上手くいっているというのは凄いと思う。アートサイトで黒字が出ているというよりは、どこかの帳簿に連結すれば赤字でも税金面でペイするとか、そこまで含めて「上手くいっている」のだろう。それはそれで経営としては常道だ。経済的な下部構造があるからこそ持続的な展開が可能で、それに基づいて様々な作品の製作が行われた(行われつつある)わけだ。直島の広域を巻き込んだ「スタンダード」展も準備されている。繰り返しになるが地中美術館は完成度が高かった。たぶんここは、ややバランスを欠いてでも「やりたいこと」が運営者にあったと思える。そういう志はきちんと結実していると思う。


難しい事を考える前にすらっと肩の力を抜いて、普通にエンジョイするのが多分一番正しい所で、そういう意味では僕はレンタサイクルのサービスが楽しめた。1日500円で複数のポイントで乗り捨て可能な自転車を借りたのだけれども、明けない梅雨の合間の空の下、汗をかきながら本村-ベネッセハウス-地中美術館を行き来したのはとてもフィジカルにこの土地を体感できる経験だった。整備された道路はなかなかアップダウンが激しく、多段ギアを忙しく切り替えながらのサイクリングだったのだが、よっこいせ、と立ち漕ぎでペダルを踏んでいると島の人が声をかけてくれたりする。長く蛇行した下り坂を滑り降りるのは爽快で、なんか木につながれたヤギとかにも会える(家畜というよりはペットみたいだった。ベネッセハウスと地中美術館の間の道ばたにいた。)。真夏の炎天下ではちょっと危険だろうが、秋口や春の気候のいいときに直島行きを考える人には、ぜひお勧めする。大変といえば大変だが、筋肉痛になる程でもない。僕はあいにく楽しまなかったが、今なら海水浴ができるはずだ(海水浴場として整備されているのは少し離れた所なのだが)。


目玉がとび出そうなベネッセハウスの宿泊費だが、ミュージアムオーバルならば泊まってみるだけの面白さはあるのではないか(新設されたパークは建物としてはつまらない)。前も書いたがオーバル(別館アネックス)へのモノレールはキュートだし、楕円形に空が抜けて屋上が緑化されている建物は、大出血な贅沢をするだけのイベント性を持っていると思う。別にベネッセに泊まらなくても直島には旅館が数件あって、こちらは数千円で投宿できる。美術ではなく直島、ということに重心を置くなら、こっちの方が「らしい」過ごし方かもしれない。どうでもいいかもしれないが、直島へ出入りする四国汽船のフェリーも個人的には好きだった。


●ベネッセアートサイト