国立新美術館でモネの展覧会を見てから、もう10日もたってしまった。混雑していてあまり良いコンディションでの鑑賞ではなかった、ということもあるけど、とにかく何かを書くのが難しい。では書かなければいいではないかと思い、事実そうしてきたのだけど、どうしても気分の中に「あのモネの絵の具」がひっかかっている感じで鬱陶しいのだ。率直に言えば、事前に見聞きしていたほど「大集合」とも感じなかったし、展覧会として全面的に素晴らしかったとも思わない。個々の作品に関しては、ときおりエッ、と思う程通俗的な作品(マルセル・ドッサル美術館の「藤」とか)が出て来たりするし、晩年の、視力が衰えてからの作品のいくつかは、絵の体を為していない。それらの作品を抽象絵画と結び付ける事程安易な解釈もない。マルモッタン美術館「日本風太鼓橋」は、以前都美術館でのマルモッタン美術館展で見て以来の再見で(参考:id:eyck:20040203)、相変わらず素晴らしいと思ったが、これはほとんど奇跡的な作品で、他は絵の具をキャンバスにぬりつけただけみたいになっている。そして、というか、にもかかわらず、この展覧会で見たモネは、総体として、とても重く“残る”のだ。


この「総体として」という言い方は、僕がモネを見る時にいつも思うことかもしれない。いまや僕には、モネの作品を単品として見ることが不可能だ。モネの絵を見る時は、常に脳裏に「他のモネ」が浮んで来てしまう。これはモネにおける連作群だけの事では無い。言ってみれば、僕にはモネの作品が全部連作に見えるし、もっと極端な言い方をすれば、この人は生涯でたった一枚の絵を延々描き続けたのではないかと思えるほどだ。何かこう、作品と作品の間に分節がない感覚がある。例えば、セザンヌのサント・ビクトワール山の作品群は、例え同一モチーフをくり返し描こうと、その作品と作品の間は基本的に切断されている。セザンヌは、ほぼその時一回ごとにキャンバス上で一回だけの出来事を定着させている。だから、多分セザンヌのサント・ビクトワール山の作品を何枚並べても、全部個別の経験があるだろうと思う。対して、モネは初期の婦人像と中期の鉄道駅の絵と晩年の庭園の絵が並んでしまったら、もうそれらはどこかで個々の作品としてのフレームが溶融しあからさまに連続し横滑りしてしまう感じがある。


「睡蓮」などにおいての、画面の隅の描き残しは、このようなモネの個性と繋がっている。だらしないとすら思える、丸まった画面の四隅は、けして額に入れる事を勘案したとかそういう事では無いだろう。この頃のモネにとっては、文字通り作品に明瞭な切断面などなかったのだ。だから、モネの絵は、1枚見て「良い」とか「悪い」とか言っても意味が弱い(意味が無いわけではないことに注意)し、それについて個別に何かを言おうとすると、妙にアカデミックな細部の検討になってしまう。モネにおいては、常に1枚1枚が仮構される全体に連続しており、そのような仮構された全体は常に1枚1枚によっている。これを例えばマンダラのような、細部が全体の縮図になっており、全体がさらにその上部構造の一部である、というものと勘違いしてはいけない。光の波長において、いったいどこで「紫」と「青」を分けるのか、その境界線が引けないように、モネの絵は1枚の絵のフレームがかりそめのものでしかない、と言いたいのだ。そういう意味では、1年前に見た地中美術館でのモネの展示は、とことんこのようなモネを理解していたと思う(参考:id:eyck:20060726)。もちろんこの展示はオランジュリーの、角のない展示室に基づいているわけで、この展示室の構想のプロセスを考えれば、モネは自らのそのような資質に十分意識的だったわけだ。


そして、そのような、会場を埋めてゆくモネ的世界に人混みと共に溺れていると、どうしても息苦しい感じになる(今気付いたが、似たような言い方を僕は地中美術館でもしている。その時は美術館建築と展示にその原因を見ているが)。とりたてて優れた試みとも思えなかった、現代作家(いや、現代と言っていいかどうか微妙な作家もいたが)の並列展示の場所が、妙にちょうど良い息継ぎの場所としてありがたかったことは告白しておいていい。そんな中で1枚、カリッと展覧会中から浮かび上がっていた作品があって、それは1872年の「アルジャンテュイユのレガッタ」だ。水辺に浮ぶヨットを描いた作品で、モネらしい水面に映った船の描写がシャープに描かれた作品だが、ここでこの作品が“染まって”見えないのは、まずは画面上での混色が少なく、ことにヨットの帆の白が、グラデーションを作らずはっきりした輪郭を保っていることがあげられる。言ってみれば、モネに特有なねばりがないぶん、あっさりと仕上げられ、絵画がモネの網膜に同一化しすぎず、絵画=モネの網膜の外部との接点を失わないでいる、一種の健康さを保っていると言える。


おもわず健康、という言葉を使ってしまったが、モネの絵は全体に一種の症状として見えて来てしまうところがある。僕は以前「絵画中毒」という言葉も使っているが、これはけして晩年の視覚の衰えの時期だけを差しているのではない。モネの生涯のほとんど総べて、身体的には十全に健康だった頃から明らかにモネは症状としての絵画を描いているのだ。こんな視覚を「単なる目にすぎないが、素晴らしい」とセザンヌが言ったというのは本当なのだろうか?僕にはとうていモネの視覚を素晴らしいと言う勇気はないし、万が一この視覚に魅入られて影響を受けようなどとしたら、もうそんな画家はことごとく討ち死にするしかないと思う(そういう意味では、僕が以前優秀なだけ、と言ったベルト・モリゾは、少なくとも「恐ろしく優秀」だった、とは言い得るかもしれない)。安心できるのは、このモネの症状に感染してしまうような画家は、かなり特殊な才能に恵まれた、限られた人だけだと思えることで、幸か不幸か僕にその可能性はないと思えることだ。だが、少なくとも一定点数以上を見ると、確実に自分の目がモネ的網膜に侵されて行く感覚が残る。やはり今回のモネ展の会場で感じた身体的圧迫感は、混雑の問題では無く純絵画的なものだったのだろう。