コバヤシ画廊で庄子和宏展。3点の大形の油絵とバックヤードに小品がある。3点のタブローのうち、会場に入って向って右の壁面にあるものは、極端な横長のフレームに画布が張られている。2つの直方体が奥行きのイリュージョンのある地面に載っている状態を描写しているように見える。その対面の作品は縦長のフレームになっている。画面は縦に大きく二分割され、向って右が青、左が緑となる。その境界線はジグザグになっている。やや濃い色彩の線でその境界線および右の緑の色面に斜線があるが、これは部分的に緑の下に隠れてもいる。また、画面全体にその濃い色で円が描かれ、内部が黄色く塗られている。ごく簡易に言って、右の緑の面が山であり、青の面が空であって、一般的な風景画を倒した状態で展示しているように見える。正面の壁面にはやや横に長いがけして極端では無い縦横比のキャンバスがあり、その画面向って左に何か大きな岩のようなボリュームのイリュージョンが描かれる。このボリュームはキャンバス下辺には接さず右辺で遮られている。向って右はボリュームに対して地となる面が描かれる。


ここで庄子氏が試みていることに、イメージにおける天地の問題があげられる。会場右手の横長のキャンバスに、絵画の慣例に従って奥行きのイリュージョン上に個物が載っている状態の絵を置き、その対面に山と空が描かれた絵を横倒しにして配置している。正面の作品も、言ってみれば岩のようなものを縦長に描いてそれを倒しているようにも見えるが、ここでは地面に相当するものが描かれずその設置面もフレーム内にないため、いわば宙空に浮いた岩を大きくトリミングしたようにも見える。また、向って左手の、山の絵を倒したように見える絵に、宙に散乱する球のようなイメージがあることも注意すべきだろう。このことは、この作品が単に風景画を倒しただけに見えることを忌避するために要請された要素に見える。ここで球は天も地もなく「浮いて」みえており、イメージにおける天地の問題から切り離されている。正面の作品では、この球と山(地面が隆起して個物となったもの)の問題がいわば総合されている。山が地面から切り離されていて、イメージにおける天地の問題自体が「宙に浮いている」。


2004年のART TRACEの個展では、庄子氏の画面には絵の具が集合しモデリングされながら徐々にあるボリュームが姿を現そうとしていた(参考:id:eyck:20041222)。そこでは天/地の問題はまだ浮上していない、というかあえて言うなら不定形なボリュームを上空から俯瞰、あるいは内部から全天球方向へ触れて行くような画面を生成していたように見えた。2006年に見た同じART TRACEの個展では、そのボリューム感覚が後退し、より平面における形態や色彩、反復の問題に関心の重心を以降させたかに見えたが、今回の作品では改めてボリュームのイメージが復活している。しかし、その把握は遥かに客観的かつ絵画一般の問題を踏まえて、あえて絵画史上の図式(奥行きを成す地面と空間+そこにある個物、いわゆるL字形の空間上の物の存在)を導入しつつずらし、再試行/再思考するようなアプローチがされている。そして、そのプレゼンテーションも洗練されてきている。実際にどのような順序でこれら3点の作品が作成されたかは不明だが、地面上の物を横長の空間に配置した作品→地面が物になった山のイメージを縦に倒し宙に浮く球を散らしてイリュージョン上の天地の感覚を撹乱させる作品→地面を排除し、いわばズームアップとトリミングという操作によって画面内のモノと天地の問題自体を宙吊りにする作品、といった「展開」を事後的にでも見せていることは明らかだ。


作品の大型化も含め、いわば庄子和宏氏は絵の具/キャンバス/イメージと自己の感覚、といった密室的実験室から、それを一般化させ社会化する方向へ大きく踏み出したように見える。現在、庄子氏はフレームやイメージといった、いわば形式的な次元に関心を集中させているように見えるし、そのことは作家を通時的プロセスとして捕らえるなら了解できる。ただ、僕が庄子氏の作品の魅力として最も強く感じるのは絵の具の質、主にその独自の、やや行きつ惑うような、若干迷いの残るタッチの積み重ねが産み出す油絵の具の質感で、その質感の密度が、今回の展示作品ではキャンバスの大形化からかやや粗く見えてしまう。このことは、作品の強度をむしろ落としているのではないだろうか。そういう意味では、形式的水準での「総合性」とはまったく無関係に、密度の問題として会場正面の作品が、大形タブロー中もっとも良い作品として見えるし、更に言えばバックヤードの小品、ことにストライプを反復的に引いて台のようなイメージを成り立たせている作品が、庄子氏の現在の問題意識と本来の資質として持っている、油絵の具とタッチに対する感受性を、一番バランスよく提示しているように思えた。


●庄子和宏展