先週、南天子画廊で中村一美展を見た。150号から200号の木枠に綿布が張り込んであり、そこにステイング(染み込み)と極端な絵の具の盛り上げによるストロークが配置される。別室には小型の作品がある。絵の具は全てアクリル樹脂となっている。縦構図で占められており、基本的に、細い線によって画面がいくつかのブロックに区画されていて、各ブロックが様々な色彩の絵の具で埋められている。色彩は紫、緑などの彩度の高いものが使われている。いかにも生乾きの状態でフレッシュな状態を維持しているように見える。この新鮮さの源は画面内での混色が押えられているからであり、画家がかなり絵の具の状態を観察しコントロールしていることが伺える。


画面を区切る細いストロークは斜めに、あるいはねじるように引かれ、おおよそ左上から右下に向かっての運動を見せているのだが、その背後、あるいは上から置かれた太いストロークやステイングが、あからさまに縦・横のグリッド状に置かれていることから、画面全体は静的な印象を与える。あえて言うなら、その厚く盛り上げられた絵の具が綿布にぼってりと張り付いている様子が危うく、それらが垂直に落下してゆくかのようなイリュージョンを覚える。中村氏の作品では、2005年の個展ではその複雑な絵の具の運動が「垂れ下がる」ような感覚を与えていたが(参考:id:eyck:20050615)、これがはっきりとまっすぐな「落下」に印象が変化したのは、斜め方向の運動を示すストロークが細くなり上からつぶされる事で弱体化し、水平・垂直のストロークが太く画面全体を支配する力を強めたからだと思える。


中村氏はおそらく自身の、斜め方向へのストローク組織力を認めながら、独自のサイクルでその斜めの力動を強めたり弱めたりしつつ制作を繰り返している。そういう意味では今回の展示は斜めの方向のベクトルが控えられる時期のものだと推測できる。つまり自己の長所を全面化せず、弱点が問題になっている。結果、2005年の作品に比べると、全体の完成度の粒のそろい方はあがっている(前回はあった、はっきり破綻している作品は今回はない)ものの、ずば抜けた作品はなかったと言っていい。「斜め」のストロークを時につぶしてしまう「縦・横」のストロークは単調であり、ほとんど画面との対話が見られず単に「縦・横」の動きをする、という目的が先験的に定められていたかのようにも見えてしまう。


こういったところに、中村一美という、一時期の日本の絵画シーンを代表した知性の危うさが感じ取れる。おそらく中村氏の作品を最も徹底的に見て、徹底的に分析し、徹底的にその構造を把握して、徹底的に批判しえた批評家は、実は中村氏自身なのではないか。ほとんど誰よりも、自己の作品におけるストロークの質について批評的に知り抜いているのが中村氏本人であるからこそ、氏は意図的に斜めの力を定期的に押えこんで自己-批判的な作品に取り組んでいく。すなわち、それがモダニズムである、と。


だが、ここに言葉を扱う実作者を待ち受ける罠がある気がする。中村氏の、斜め方向の力は「斜め」という「言葉」からは、実ははっきりずれている。といより、それは「斜め」なのではなく、無数の、定位しがたいベクトルをはらみつつ相互にずれてゆく運動を、あえて単純に言葉にすれば「斜め」としかいいようがない、ということなのだ。これに対する批評的判断として「水平・垂直」という言葉が析出され、その批評に基づいて配される「水平・垂直」のストロークには、もはや複雑さは取捨され観念的な内実しか付与されない。


中村氏は水平、あるいは垂直な動きに弱いのではない。単に、そこでの水平・垂直という観念が、目的論的に要請された、いわば結果先取りのものだからこそ、この観念に支配された作品は貧しさをまとってしまうのだ。ひるがえっていえば、中村氏は「斜め」に強い作家でもない。あくまで偏差を含んだ、抵抗ある運動、それはごく端的に言ってしまえば、重力に抗する、大地にとらわれながらそこから離陸していこうとする、もだえるような入り組んだ動き(存在の鳥)を見せるときにこそ一瞬のきらめきを見せる。それは戦後アメリカ絵画と、それを安易に導入した国内絵画が、垂直な重力に逆らって屹立する感覚を失い、地球に敗北して怠惰に寝そべってしまったフラットベッド絵画(スタインバーグ)に陥ったことに対する軽蔑と抵抗であり、これらと闘う時こそ、中村氏は自身の強力な資質を全面的に開放する。その抵抗の一局面として、自己の資質自体と批評的に取り組もうとしたとき、画家・中村一美の素晴らしさは影をひそめ、実は十分に向いているとは言いがたい批評家・中村一美の苦戦が前に出て来てしまう。


この中村氏の苦しさを嘲笑できるものなど国内にはいはしない。いったいなぜ、中村一美は批評家にならなければならなかったのか。そして今でも状況はまったく変わらない。この国では、まともに作品に取り組もうと思ったら、作家が批評家をかねなければならない。状況は、より強化されているのだ。中村氏のはまっている陥穽から逃れられる作家などそうはいない(いるとしたら、今時まったく能天気に「自然に」制作をしてしまう人だけだ)。


このエントリの基になった1期の展示は終了してしまったが、既に2期が開始されている。


中村一美展"存在の鳥 II" Part2