三菱一号館美術館で「マネとモダン・パリ」展。マネの作品をこれだけまとめて見ることができたのは初めてだ。2010年という年が日本の美術史において意味を持つとすればそれはこのマネ展が開催された、という事実によってではないだろうか。門外不出の「オランピア」「草上の昼食」他がない事を悔やむのは、この作品群の質を確認してから後の話だ。国内でよくある、数点佳作をかり出しては残りを敗戦処理みたいな作品で埋めている名画展とは異なる。


マネのバックグラウンドとしてナポレオン3世によるパリ再開発を置いていることも、コンセプトとしてよく理解できる。「現代生活」を描き出したマネ、という視点は単に教科書的だというだけでなく、現在の美術状況に対してもアクチュアルに響くだろう。もちろんそれは作品に「現代生活」を反映させていればアート足り得るということではない。芸術において「現代生活」に意義があったのは世界史的に限定されたコンテキストにおいてであった、という事が確認できるという意味だ(それはつまりアカデミーあるいはサロンといった19世紀フランスの芸術制度との関係において緊張感を発揮したマネ、というこの展覧会の内容から読み取れるだろう)。


マネを統一的な視点から全体を包括して語る事はまったく不可能だが(グリーンバーグフィラデルフィアにおけるマネ展」はその意味で正当なtxtだ)、それでもマネの「黒」はヴァレリーの視点とはやや異なる意味で重要だと思える。マネの黒を見ていておもうのは、その可能性を最大限に理解し再利用しているのがやはりピカソなのだということだ。ピカソから逆照射して見えてくるマネの黒は、アングル的な形態の切り出しのための明暗でもなく、また印象派における、排除される黒(色彩を殺す黒)でもない。いわば画面を複数のコマに分けるワク線=切断装置であり、また同時に複数の要素を一つの画面にまとめていく連結器としても機能してゆく。初期の異様な作品「死せる闘牛士」は、ほとんどモノトーンの画面に人体が1つ横たわっているだけの一見シンプルな作品だが、しかし強いコントラストで闘牛士の頭部、腕、胴体、足を分割しているのが黒であり、そのコントラストによって単体であるはずの人体はまるでばらばらに切り離されて見える。同時にこの奇妙な横構図−不自然な感覚は元の大画面からトリミングされたことによって引き起こされている−の、視線を分散させる構成を纏め上げているのも黒だ。


同様の機能は肖像画、つまりやはり単一の人体をモチーフにしたときに繰り返される。エミール・ゾラ肖像画における浮世絵や自作(オランピア)他の画中画を囲う黒などは典型例だが、モリゾの肖像においては、ほとんど構成主義的な「黒」による画面展開が目立つ。また、更に位相を異にする「黒」が「ヴェールを被ったベルト・モリゾ」にみられて、この作品は展覧会中最も異形なものになっている(向かいにある「すみれの花束をつけたベルト・モリゾ」との対比は強烈だ)。このような黒の由来としてスペイン絵画があげられていて、会場キャプションではベラスケスの名前があるが、むしろリアリズムの方向性としてはゴヤを連想させた。「ローラ・ド・ヴァランス」「扇を持つ女」といった作品は「黒衣のアルバ女公爵」、あるいは「着衣のマハ」に近くはないだろうか。銅版画への注力もゴヤ的だし、ことに普仏戦争あるいはパリ・コミューンの戦いの現場をリアルに素描したリトグラフ(「バリケード」「内戦、1871年パリ・コミューンの光景」)とゴヤの版画集「戦争の惨禍」も容易に結びつく。


また、スペイン絵画の影響の強かったオランダ絵画にも、マネの「黒」は観客を連れていくだろう。フランス・ハルス、そして何よりレンブラントピカソから逆算してマネの「黒」の機能が見えてくるように、マネを通してゴヤあるいはレンブラントの黒も見えてくる。それはつまり、ダヴィットのような、形態のイメージをイリュージョンとして再現するための黒ではなく−つまりイメージに従属する黒ではなく、それ自体で動作し機能する自立した黒の系譜で、この構築性をマネから抽出したピカソ、という線が浮上してくる。


繰り返せば「黒」の自立にこそマネの可能性がある。マネのモデルニテとはつまり、絵画がイメージの再現、あるいはイメージに隷属したものではなく、絵画それ自体がイメージ(出来事)そのものとして立ち上がること、絵画が何かについての絵画ではなく、絵画単独の、画面内で完結した機械として稼動するはずだという直感にあるのであって、この直感においてこそ、マネがサロンにこだわった理由がある。すなわち、黒を放逐し蒸発させてしまう印象派ではなく、黒をイメージに従属させるサロンで、彼らと同じチューブから出される黒を使いながら、彼らとはまったく異なるシステムとして黒を使いこなす。また絵画それ自体も、一見彼らと共通項のありそうな主題を扱いながら、まったく次元の異なる水準で絵画を再起動させる。マネの世俗的野心などというのはその作品の潜在的な可能性に比べればまったくどうでもいい話だろう。逆に言えば、そういった属人的な要素、あるいは当時の風俗にしか基礎付けられない作品は駄作だ。代表的な例が「ラテュイユ親父の店」で、この作品は単なる通俗的な作例になっている。


ただ、近代絵画の通俗性、というのは別の観点から興味深いかもしれない、とは感じていて、その契機になったのは先に国立新美術館で開催されていたルノワール展だったのだけれども、これはまだ考えがまとめきれていない。


●マネとモダン・パリ