切り取られた世界の傷口/中平卓馬写真展「Documentary」

BLD Galleryで中平卓馬写真展「Documentary」。展覧会を見て、何かを語る気が起きない、という経験がある。面白さが分からなかったときもそうだが、見て、そこである種の幸福感に包まれて、それで気持が終わってしまうこともある。今回の中平卓馬展を見ての「何も言う気にならない」感覚はそのどちらでもない。中平氏は既に伝説的とも言える存在なのだし、その作品に対してはそれなりに犀利な批評が語られるだろうし、実際語られている。そして、それらの言説に触れて、中平氏の写真に触れた感覚が昇華しえることなど、じつはほとんど期待できない。ある作家あるいは作品について語った途端にバカになってしまう、という事は稀にあって、中平卓馬という写真家がまさにそのような存在なのではないだろうか?中平氏について、何事かを言い得ている者であれ、はなからまったく見当違いなお話であれ。もちろんこういう場面でのノーブルな振る舞いとは黙っている事に違いない。実際、中平卓馬を褒める行為のどこか間抜けな感じはどうしても振り切れないのだけど、勿論そういった状況だけを鑑みてあえてくさして見せるパフォーマンスだってくだらない。


ではなぜ私は今こうやってキーを打っているのだろう。単純にその動機を書いてしまえば不安なのだろう。例えば中平氏の、今回会場に展示されていたカラーの、2000年代に撮影されたプリントが一枚、ぽん、と路上に落ちていたとして、私はどういった態度を取るのだろうか?という想定が、会場を去ってから今の今まで頭の片隅に座り込んでいる。私はそのプリントに目を奪われ、慌てて駆け寄って拾い上げ持ち帰るだろうか?そんなことは多分しないだろう。ではそれは、単に私が中平氏の作品を眼差す所作において、いわば既存のギャラリーや美術館、批評的文脈しか見えていない、ということなのだろうか。そういう側面がないとは言わない。裸の視線などという神話を信じるほど私はナイーブではないのだし、それは今問題になっている写真を撮っている人にしたって当然そうだろう。中平卓馬を「事件」を通り抜けて来た果ての「ナイーブ」に落とし込むことは、バカの中のいくつかのバリエーションにおいても退屈なバカで、まぁバカに甲も乙もないかもしれないが、かつて誰かが言っていたように(誰だったっけ)、退屈というのは悪徳だとは思う。だから、ここでは私はこのような文章を書き始めてしまった不安、そのことについて考えるべきなのだ。


アスファルトに無造作に落ちていて、行き交う車に適当に踏まれていたとして、それをちらりと見た私は零コンマ数秒だけの印象だけを残し通りすぎていく(だろう)。実際、私は会場で、壁に貼られたむき出しのプリント、しかも隙間無く上下2段にずらりとコの字を描く様に張られた作品群を、一枚一枚吟味するように見る事などまったくしなかった。ほとんど足を止めることなく歩き続けて、あっという間に見終えてしまい、隣の部屋で1971年に撮られたモノクロのプリントを見つつ一番驚いたのはそこにあった鏡に写った自分の姿で、次にもう一つの部屋のショップでの出版物の中から今回の展示作品を纏めた写真集を見て(展示そのものよりずっと時間をかけて見た)、それから森山大道の中平氏を捉えた写真も見て、もう一度真ん中の会場に戻り、やっぱりほとんど足を止めることなく作品の前を通り過ぎることしかしなかった私は、作品を見るというより歩いていただけで、それは路上を歩く事、そこに落ちていたって別に不思議ではないプリントを一瞥することと質的にそんなに変わらない行為だった筈だ。多分滞留時間が10分を越えなかった私が来たときと同じ様に乗り込んだエレベーターで反芻していたのは、写真それ自体というよりは案外雑に壁面に張られたプリントの縁が小さく折れていたり、同一サイズである筈の上下2段のプリントの微妙なズレであったりした。もう少し奇麗に貼ればいいのに、と少し思っていた。


切断面はその切断された当のものの構造を、あるいはその有り様を最もシャープに示す。私が写真の「中心」ではなくプリントの周辺ばかりを考え直していた理由は恐らくそのあたりにある。こんなことは今更言いにくいのだけど、中平氏の写真は対象をどう収めるかではなくどう切断するかに懸けられている。刃物ですっぱり切られた肉体の傷口こそがその人の生命の生々しさを訴えるように、動物の、植物の、人間の、看板の、風景の傷口を次々とみせつけていく、中平氏のトリミングはそのような効果を持つ。私は今ネットに刻々とアップロードされている、バーレーン等での騒乱での暴力に切り取られた/切り撮られた人々の「傷口」をしげしげと見ることはできない。もちろん中平氏のトリミングと報道写真に写し込まれた暴力の痕跡を同一視することはできない。とはいえ、道ばたに=ギャラリーに置かれた写真を歩き過ぎながら、そのほんの僅かの間視界を横切った何事かの切断の痕跡が、いつまでも脳内に明滅し続ける、そんな「痛い」感覚は、やっぱりちょっと私に「強さ」を(正確には私の強さの不在を)つきつけ続けるのだ。あんなもの、わざわざ凝視しようとする人の気がしれない。車に轢かれた猫をそう眼差すように、私は中平氏の写真の前を通り過ぎる。正しく断ち落ちで製本された写真集であればまだパッケージとして所有しようとする人の嗜虐心/被虐心に文句を言う気にはなれないにしても、プリントをわざわざ購入して部屋に飾ろうなどという人の気がしれない。なぜ中平氏の写真を称揚する人々はそんなにも心が強いのだろう。


風船をパン、と耳元で破裂させられた、その直後の空白、鼓膜の麻痺。私の、中平卓馬写真展を見た後のだんまりはちょっときっとそんなようなもので、実際に週末に会場を訪問してから、この展観に関してはとくに何も書かずにすますつもりでいたのだけれど、どういうわけかここまでキーを打つにいたってしまったのは、まぁバカだからなのだろう。それを後悔するつもりはない。シュウゴアーツで開催されていたもう一つの中平卓馬展を見なかったことを後悔していないように。一つみれば充分だと思う。